スーパーCEO列伝

無人決済店舗サービスが実現する、新しい買い物のカタチ

株式会社TOUCH TO GO

代表取締役社長

阿久津 智紀

文/笠木渉太(ペロンパワークス) 写真/木村雅章 | 2021.08.11

無人決済店舗システムの開発、提供を手掛ける株式会社TOUCH TO GOは、JR東日本からカーブアウトして生まれたベンチャー企業だ。事業設立当初はJR東日本内部から反対の声もあったというが、それらを解消するために阿久津智紀社長が重視したのは、ビジネスの基本ともいえる“相手の立場になる”ことの徹底だった。

株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津 智紀(あくつ ともき)

1982年、栃木県生まれ。2004年にJR東日本へ新卒入社後、駅ナカコンビニ店長や青森でのシードル工房事業、ポイント統合事業などに携わる。2019年7月より現職へ。JR東日本スタートアップ株式会社にてマネージャーも務める。

立ち上がりの早いビジネスをしたい

東京駅や高輪ゲートウェイ駅のTOUCH TO GO店舗で導入されているTOUCH TO GOの無人決済店舗システム『TTG-SENSE』。天井に設置された複数台のカメラと商品棚のセンサーによって利用者と商品を追跡し、決済エリアに利用者が立つと購入商品と金額が表示される。利用者は商品を手に取って、ゲートの前で決済するだけ。店舗側は運営に必要な人員削減効果が期待できる、新しいシステムとして注目を集めている。

実際に買い物をする場合、利用者は商品を選び決済エリアに向かうだけでいい。[写真:TOUCH TO GO]

決済エリアに設置されたモニターに購入商品と価格が表示される。従来のセルフレジのように、利用者が自身で商品を読み込む必要もない。[写真:TOUCH TO GO]

TOUCH TO GOはJR東日本からカーブアウトした企業だ。同社代表の阿久津氏もまたJR東日本に在籍していた経歴がある。

「学生時代からJR東日本の駅ビルでアルバイトをしていたんです。JR東日本へ入社したのも鉄道事業へ興味があったからというわけではなく、人が集まる駅やその周辺でビジネスをしたいという考えが根底にありました」(阿久津氏、以下同)

JR東日本へ入社後、駅ナカコンビニの店長や青森でのシードル工房事業の立ち上げなど、さまざまな事業に携わってきた阿久津氏。2017年にはJR東日本とベンチャー企業などが協業して新しいビジネスをつくるアクセラレーションプログラム「JR東日本スタートアッププログラム」の立ち上げにもかかわる。

「JR東日本で経験させてもらったプロジェクトの多くは、実現まで3年以上かかることも珍しくありませんでした。青森でのシードル工房事業の立ち上げは私と一緒に働いてくれた社員やリンゴ農家、酒蔵の社長などいろいろな方の協力もあって、丸2年で成功させることができました。しかし、もっとビジネスの立ち上がりを早くしたい、スピード感をもって仕事がしたいと思っていました。

そんな折、会社で行ったドイツ研修で、ドイツ鉄道(DB)のスタートアップ支援組織である『DB マインドボックス』の取り組みを見学させてもらいました。スピード感をもってビジネスを立ち上げていく様子に影響を受け、JR東日本でもイベント的にやってみることにしたんです。それが『JR東日本スタートアッププログラム』でした」

3年間の駅ナカコンビニ勤務で実感した、日本の人手不足

2017年の第1回JR東日本スタートアッププログラム(以下、JR東日本SP)で、阿久津氏はAI無人決済システムの技術特許を有するサインポスト株式会社と出合う。その際に阿久津氏が特に無人決済に引かれたのは、JR東日本入社後、駅のコンビニで3年間店長として務めた経験があったからだという。

「コンビニ店長って、とにかくやることが多いんです。事務作業はもちろんのこと、新しいスタッフが入るたびに教育が必要ですし、もしシフトに欠員ができたらその穴埋めもしなくてはいけない。

当時から人手が足りないと感じていたので、今、コンビニを経営している方の大変さはよく分かるんです。特に現状では、人手不足を外国人労働者で支えている部分も大きいと思います。文化や言葉が違うスタッフを管理するコストは計り知れません」

現在のように外国人労働者に頼る状態が続けば、将来的には24時間買い物できるサービスも変わってしまうのではないかと阿久津氏は危惧している。

「父に『今の生活がずっと成り立つと思うな』と言われたことがあるのですが、最近ではその言葉を強く意識しています。もし外国人労働者の母国が日本よりも豊かになったら、みんな自分の国に帰ってしまうでしょう。そうなると、今コロナ禍で多くの人が感じているような、好きなときに買い物できない不便さがこの先もずっと続くのではないでしょうか。すでに、病院やアクセスの悪い高速道路のサービスエリアなどでは『働き手が集まらない』という理由から、店舗の維持が難しいところも増えています。

しかし患者さんや高速道路の利用者など、その場所にお店を求める人たちは必ずいるはずです。顧客のニーズはあるのに経営ができない、あったらいいのにと思う場所にお店がないことは解決すべき課題であると同時に、大きなビジネスチャンスでもある。だからこそ無人決済システムをかたちにしていきたいと思ったんです」

交渉相手の立場になることを忘れない

JR東日本SPから始まった、無人決済システムの実用化。しかし、JR東日本の内部には進めることに懐疑的な意見もあったそうだ。

「JR東日本からは『Amazon Go』のような海外の無人決済店舗の二番煎じなのでは、という声もありました。

大企業は社員の生活や他の事業への影響など、失敗したときの影響が大きいため、未経験や未開拓の事業領域について慎重になる傾向があると思います。企画ひとつとっても何度も会議を繰り返し、そのたびに細かい資料を求められる。提出資料の多さに心が折れ、途中で事業化を諦めてしまうスタートアップもいくつか見てきました」

JR東日本を説得するにあたって、阿久津氏は相手の立場に寄り添うことを重視していたという。

「これはTOUCH TO GOとして独立した今も心がけているのですが、交渉相手に提出する資料は3分で理解できるものをつくるようにしています。

プロジェクトの最終的な承認を下すのは企業のトップの方です。しかし、彼らは多忙で時間に余裕がないことがほとんど。短時間でもしっかり読んでもらえ、かつ疑問がわかないように分かりやすさが必要なんです。それでも追加の資料やデータを求められることはあります。そのたびに一から用意していたのではプロジェクトはなかなか進みません。

私はそれまでのいくつかの事業を立ち上げた経験から、企業がどのタイミングでどんな情報を必要とするのか、一通り把握できていました。だから要望があるだろう資料を前もって用意しておけたんです。

予想外の指摘があった場合も、すぐに対応して解消するようにしていました。納得してもらえれば、企業は事業を応援してくれる。だからこそ、一つひとつ誠実に答えるようにしていました」

結果として、2017年12月に大宮で行われた無人決済店舗の実証実験は無事成功を収める。メディアからも大きく取り上げられ、世論を受けてJR東日本内でも事業拡大を後押しし始めた。その後、JR赤羽駅で行われた2回目の実証実験も完遂した阿久津氏は、株式会社TOUCH TO GOを立ち上げる。

「JR東日本も無人決済システムの特許を持っていたサインポストも、無人決済店舗の運営や展開自体は本業ではありませんでした。JR東日本SPのようなオープンイノベーションは一度成功すると、そこで一旦プロジェクト終了となってしまうことがほとんどです。

私としては無人決済店舗の実用化を続けていきたいという思いが強くありました。2017年のJR東日本SPの最優秀賞でいただいた資金もあったので、思い切って法人化に踏み切りました」

現在はファミリーマートとも提携し、多店舗展開するTOUCH TO GO。大きな協業相手ができた今もスピード感をもってビジネスを進める姿勢は欠かさない。

「準備に時間がかかるほど、新しく思えたアイデアは時代遅れになる可能性もありますし、時間が空いたら相手が内容を忘れて、また一から説明し直さなくてはいけないかもしれない。企業を相手にする際にはスピードを上げ、手続きを円滑に進めることが成功へつなげる一番の方法なんです」

2021年3月にオープンしたファミリーマートとの提携店舗「ファミマ!!サピアタワー/S店」[写真:TOUCH TO GO]

地方への普及は「お母ちゃんが使えるシステム」であってこそ

現在は都内の店舗を中心に実用化が進められているTTG-SENSEだが、将来的には地方への展開も計画しているという。

「シードル事業で青森にいた頃から、現地のシャッター商店街をどうにかしたいと思っていました。かき入れ時である夏期の売上が、その年全体の7割近くを占める一方で、人が来ない冬なんかはお店を閉めちゃうんですね。あとは夏期でも、夜間はお客さんが少なくなるので早い時間に閉めてしまうお店が多いんです。

しかし、先ほどの病院や高速道路の例と同じで、出張帰りのサラリーマンなど夜間のニーズも少なくありません。そういうニッチなターゲット層も拾い上げるために、例えば夏や昼間は従業員が対応し、冬や夜間といった需要の少ない時間帯は無人で営業するなど、ハイブリッドな経営ができたらいいなと考えています」

地方展開を見据えるにあたり、阿久津氏は自社のシステムづくりで大切にしている考えを教えてくれた。

「『自分のお母ちゃんが使えるシステムにしよう』ということを忘れないようにしています。少子高齢化が進む日本において、これからのマスマーケットになるのは自分たちの母親世代。その人たちが使いにくいシステムはそもそも広まらないのではないでしょうか。

デジタルになじみの薄い世代にとっては、海外のようにQRコードで入退店を管理する仕組みはきっと分かりづらいですし、現金で支払いたい人も少なくないはずです。TTG-SENSEではお店の利用にユーザー登録などは不要ですし、支払い方法も幅広くしています。目指しているのはどんな人でも今まで通り、ストレスなく買い物できるような仕組みづくりです」

また、TTG-SENSEは消費者が“何を考えて買い物をしているか”のマーケティングができる。阿久津氏はそこにも大きな可能性を見る。

「これまでマーケティングは“何を買ったか”という結果のデータ取得がほとんどでした。TTG-SENSEでは店内を歩く利用者と商品を追跡することで、一度手に取って戻した商品、“何を買わなかったか”のリストアップや、どういった選び方をしたかという“選ぶまでの過程”のデータを集めることもできるんです。これらの情報を何に活用するかはまだ検討段階ではありますが、非常に可能性のある領域だと思っています」

新しい買い物のかたちを提供するTOUCH TO GO。同社の取り組みは人材不足を解消し、地方から日本全体を明るくするポテンシャルを秘めているように思える。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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