スーパーCEO列伝

中核社員3名が語る

メルカリの「組織づくり」から見える人材戦略のコアバリューとは

イラスト/QB System 文/竹内 三保子(カデナクリエイト) | 2018.02.13

企業が成長し、組織が拡大するにしたがって、いわゆる大企業病に侵され、生産性を失っていくケースは実に多い。それを避けるために、また、これまで通りのスピードで、次なるステージ、世界で成長を続けていくために、メルカリでは、どのような処方箋を用意しているのだろうか。組織運営の中核を担う社員3名に話を聞いた。

バリューに沿って考え、行動に移せる人が集まる組織に。設立5年で社員数は600人以上

メルカリの成長速度はすさまじく、創業5年足らずで企業価値は1000億円以上と予想されている。それに伴って社員数は急増。すでに600人を超えている。

加速度的に増えていく社員たちのパワーを、ひとつにまとめているのが、本特集で何度も出てきた「ミッション」(「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」)と「バリュー」(「Go Bold」「All for One」「Be Professional」)。同社の成長の源泉だ。

もちろん、ミッションやバリューなどを定めている企業は同社に限ったことではない。十数年前には、「クレド」をはじめとした理念経営ブームが巻き起こり、ミッションやバリュー、あるいは行動基準やビジョンなどを定める企業は一気に増えた。しかし、うまく機能している企業は決して多くはない。そうしたなかで、どうしてメルカリでは、ぶれずに躍進しているのだろうか。

バリューと事業に共感できる人だけを採用

「採用時に必ずやっているのは、メルカリのバリューや事業に共感しているかどうかの確認です。どれだけ優秀でも、価値観が合わない人は採用しない。そこをしっかり守っていれば、組織が拡大しても、価値観のズレは生じないわけです」とHRグループの石黒卓弥氏は採用時という入り口での確認の大切さを強調する。

実は採用試験以外にもバリューへの理解・共感を高める方法がある。それは、「メルカン」という採用広報のためのオウンドメディア。基本的には社員へのインタビューや日々のブログなどの形式で、事業の内容、働き方、働く上での価値観などを驚くほどオープンに紹介している。このサイトを見れば、会社の雰囲気が分かるので、共感した人だけが受けにくるようになる。

メルカリHR グループ・マネージャー石黒卓弥氏のイラスト  

石黒卓弥 HR グループ・マネージャー 

採用と人事企画を担当。新卒でNTTドコモに入社。約10年間勤務。その間、営業、事業会社立ち上げ、新規事業企画なども経験。中でも人事は7年間経験。小泉社長の誘いで2015年より現職。現在3児の父であり三男出生時には2か月の育休を取得。

バリューと自分の仕事との紐付け

ところで、現場の日々の仕事を、経営者目線の「ミッション」や「バリュー」に結びつけて考えることは、実は難しい作業だ。そこで、メルカリでは、「ミッション」や「バリュー」に沿うとはどういうことかを社員が理解できるように部門ごと、チームごとに様々な工夫をして示している。

「HRグループでは、『バリュー』を『HRのミッション』に落とし込んでいます」(石黒氏)

例えば社員全員がバリューのひとつ「Be Professional」という状況になるために、HRがサポートすることは「メルカリにとって価値のあるメンバーを集めること」。「All for One」を達成するためには、「メンバーが思い切り働ける環境をつくる」。「Go Bold」のためには、「思い切りやったことに対して、適正に評価すること」が必要、というふうに、バリューを具体的に人事のミッションに落とし込んでいくことで、メルカリにとってのHRグループの役割を明確化している。

また、四半期ごとに、各個人に対する上司のフォローがある。それは、メルカリ本体が、ミッションを実現するための目標を設定するタイミング。短いスパンで目標設定をするのは、市場の変化が激しいからだ。

「各社員は、上司と話し合って会社の目標に沿った『自分の目標』を設定します。『目標を達成できたかどうか』『目標を達成するために、バリューに沿った行動をしていたかどうか』、社員の人事考課は、この二つの観点で評価されます」(石黒氏)

これを繰り返すなかで、会社の目標をどのように自分の目標に落とし込むのか、また、どのようにすればバリューに沿った働き方になるのかも自然と理解し、成果とバリュー重視の人事評価システムによって、バリューに沿った行動が強化されていくわけだ。

「一方で、どんな行動が、どのバリューとして評価されるのか、実はよく分からないという声もありました。そこで、バリューに沿った具体的な行動を称賛したいとき、あるいは感謝したい時などに、その気持ちをちょっとしたボーナスで表す『メルチップ』という仕組みをつくりました」と話すのは、執行役員の掛川紗矢香氏。

メルカリ執行役員・掛川紗矢香氏のイラスト 

掛川 紗矢香 執行役員

エンタメ系の会社を経て2009年6月グリー株式会社に入社。海外子会社立ち上げ、グローバルアカウンティングマネージャー等を担当する。2013年10月より株式会社メルカリに参画。米国子会社の設立、コーポレート基盤及び体制の確立等を手がけ、2015年2月、執行役員に就任。

「メルチップ」のやりとりは、社内コミュニケーションツールのSlack上で行われる。それは社員全員に公開されているので、次第に、どんな行動が、どのバリューにあたるのか分かってくる。

「加えて私のチームでは、四半期ごとにバリューに沿った素晴らしい行動をした人を表彰する制度もつくりました」(掛川氏)

社員数増加の影響

メルカリの社員数はすでに600人以上。顔も知らない社員がいることは当たり前という状態だろう。

「人が増えていくなかでもっとも気をつけているのは、“他人ごと化”させないようにすること。他人に興味がなくなると、バリューのひとつ『All for One』がなくなってしまいますから」(掛川氏)
 
そこで、「この仕事はどの部署の誰にどう影響するのか」や、「誰とどう協力すればスムーズに進むのか」など、自分の仕事の延長線上に誰がいるのかを考えるように、常日頃、部下に伝えているという。

「“他人ごと化”させないもっとも効果的な方法は“仲良くなること”。その最良の方法は社内のコミュニケーションを活性化させることでしょう。社内の部活制度が充実していたり、懇親会などの機会が多いのはそのためです。会社としても積極的に奨励しています。会社全体の予算を考えれば、コミュニケーション施策のための費用負担は微々たるもの。やらないという選択肢はないと思います」(掛川氏)

メルカリ執行役員・VP of Engineering・是澤太志氏のイラスト

是澤太志 執行役員・VP of Engineering

20代の頃は主にリードエンジニア、30代からは組織やプロジェクトのマネジメントを中心に活動。事業会社で研究開発部署の立ち上げやスタートアップでCTOなどを経験し、Speeeにてエンジニアの組織マネジメント責任者を務め、2017年12月よりメルカリにジョイン。

一方、マネジメントに携わる社員は、常に数年先の会社の姿をイメージし、「その時、自分の部署は何人くらいのどんな組織になっているべきかなのか」を想定し、早め早めに手を打っておく必要がある。

「現在のメルカリのエンジニアは160人ほどですが、それが1000人規模になっても効率的に機能していく組織をつくることが現在の私のミッションです」と話すのは、技術者のマネジメントを担当している執行役員、“VP of Engineering”の是澤太志氏だ。

組織の規模によって働き方、求められる能力なども変わってくる。例えば、エンジニアの場合、組織が小さい時には、仕事の質は個人の力量にかかってくるので、仕事は属人的になっていく。しかし、組織が拡大していく中では、属人的な問題を解消し、チームで解決可能な組織構造に変化していく必要がある。現在は、「属人的な仕事を減らし、責任と権限がはっきりした仕組みづくりに取り組んでる最中」(是澤氏)だという。

また、組織で仕事をしていくためには、サービス自体の成長だけではなく、組織の成長、社員個人のキャリアの成長も考えていく必要があるし、エンジニアのスキルや貢献について正しく評価する仕組みの構築も必要だ。新しい器づくりはどれだけ急いでも早すぎることはない。

「権限委譲も重要になってきたと実感しています」(掛川氏)

会社規模が大きくなるとともに、現場の仕事はマネージャー以下に任せ、数年先の市場や会社の姿を考えるといった執行役員本来の仕事に軸足をシフトしてきた。どの部署でも、マネージャーだけで現場を回せる体制になってきたという。

働きやすい環境を整える

働きやすさを支えるメルカリの特徴的な制度

個々の社員の生産性を上げるためには、働きやすい環境を用意することも必要だ。表に示したように、より良い仕事をするための制度、家庭を大切にできる制度などの充実度は日本有数のレベル。このような制度が充実しているのは、「心配事をせず、思いっきり働いてほしい」という考えからだ。

「制度も重要ですが、一番大切なのはカルチャー。制度があっても知られていなければ利用されないし、コソコソと利用する環境では広がらない。誰でも当たり前に利用できるようになる環境にすることで、各自が自分の業務に責任をもって働けるようになります」(石黒氏)

もっとも、どれだけ先進的な制度をつくったとしても、時代が変化すれば、あっという間に古くなる。だからこそ随時見直しが必要だが、同社では見直しのスピードも尋常でない。 

「エンジニア、デザイナーに対するPCの貸与制度が変わったことは好例でしょう。メルカリでは、当初から入社時に好きなスペックのPCがもらえるという制度がありましたが、その買い替え時期については2年ごと、というルールでした。しかし、最新型のモデルやOSが続々でる中、2年というのはペースが遅い。いつでも買い換え可能にしてもいいのではないか? という意見が出てそれにすぐ対応したのはメルカリらしいエピソードだと思います」(是澤氏)
 
言われてみれば、PCのスペックが直接的に業務の効率に影響を与える職種において、新製品が出るタイミングを考慮していない制度は合理的ではない。そこで、デザイナー、エンジニアについては、PCをいつでも交換できるというルールに変更された。若手が提案してから、マネージャークラスでの話し合い・ルール策定と告知まで含めて、制度変更にかかった期間はわずか一週間だったという。

グローバル展開に向けて

メルカリは2014年にアメリカ、昨年2017年にはイギリスに進出している。アメリカ、イギリスともにダウンロード数は順調に伸びている。近いうちに日本のように社員急増という自体になるだろうし、進出する国も増えていくだろう。

一方、国内でも外国人の採用を増やしており、メルカリ社内も次第に国際色が豊かになっている。英会話が苦手な社員のためには、「マンツーマンレッスン」「オンライン英会話」など、多様な勉強スタイルが用意されている。希望すれば海外出張も可能だ。

グローバル化をスムーズに進展していくための中心がGOT(Global Operations Team)というチーム。通訳・翻訳はもちろん、社内の異文化理解の促進やコミュニケーション施策、、外国籍の社員の入社に対して生活面でのフォローなど様々な取り組みをしている。

「全社ミーティングの同時通訳まで手がけます」(是澤氏)

GOTがいるから、安心して海外の案件にも携われるわけだ。外国人は、日本人とまた違った働き方を望む。そうした意見に耳を傾けることで、また、新しい働き方が加わる。グローバル化の進展は、メルカリの人事政策をさらに強くしそうだ。

ところで、ここまでメルカリのバリューを中心にした様々な人材戦略を紹介してきたわけだが、共通しているのは、とにかく分かりやすいこと。「バリューとミッションの関係」「自分の目標と会社の目標の連動のさせ方」「どんな行動がバリューなのか」……。驚くほど優秀な人たちに、驚くほど懇切丁寧に説明している。省略せずに、丁寧にきちんとやる。単純だが、これがメルカリの強さなのかもしれない。

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