Passion Leaders活動レポート

[パッションリーダーズ全国定例会]

死と向き合う葬儀屋だからこそ伝えたい、「命の授業」

株式会社ティア

代表取締役社長

冨安徳久

文/松本 理惠子 写真/阿部拓歩 | 2021.09.30

「哀悼と感動のセレモニー」を社是に掲げ、業界の不透明な慣習を変えるために冨安徳久氏が設立した葬儀社ティア。冨安氏は10代の頃から葬儀ビジネスに深くかかわり、「命の尊さも儚さも、人生観も仕事観も死生観もこの仕事が教えてくれた」という。年間150本を超える講演活動で彼が伝えるのは、命の尊さと感謝の大切さだ。生と死を見つめることで掴んだ「生きる」ことの意味、そして、「なぜ自殺してはいけないのか」に対する答え――冨安氏にしか語れない、魂の言葉が聴く者の胸を熱くする。
(2021年8月27日に開催されたパッションリーダーズ全国定例会より)

株式会社ティア 代表取締役社長 冨安徳久(とみやすのりひさ)

1960年、愛知県生まれ。18歳で経験した葬儀屋のアルバイトをきっかけに、葬儀会社に就職。1997年7月に株式会社ティアを設立。2021年、直営・フランチャイズ・葬儀相談サロンを合わせて130 店(5月時点)。葬儀業界でこれまでなされなかった葬儀価格を完全開示し、明瞭な価格体系で業界革命を起こす。「感動葬儀」として注目を浴び、TV番組「カンブリア宮殿(テレビ東京)」「TheサンデーNEXT(日本テレビ)」等に出演。葬儀請負件数は年間約16,000件。著書に『最期の、ありがとう。新・ぼくが葬儀屋さんになった理由』(Wonder Note刊)ほか多数。小中高校の生徒を対象に命の尊さ、感謝の大切さを伝える「命の授業」と題した講演をはじめ、社内外で年間150本を超える講演活動を行う。

コロナ禍で突き付けられた「死」と隣り合わせの現実

冨安徳久氏 このコロナ禍で、我々は大変な状況に置かれています。戦後76年目を迎えておそらく初めて「命」や「死」を意識した人が多いのではないでしょうか。有名なタレントさんも新型コロナウイルスに罹患して亡くなられました。「死を意識することを忘れていた」という現実を、特に若い人たちは突き付けられたのではないかと思います。

東日本大震災のあの日、2011年の3月11日午後2時46分まで「普通に明日が来る」とみんな思っていた。しかし、あの瞬間、2万人近い方々が“明日”を失いました。また、何十万人もの方々が命は助かったけれども、「明日からどうして生きて行こう」という状況に置かれました。震災の映像を見た我々も“明日”を考えさせられました。

世界の地震の15%が日本で起きています。日本のどこで地震が起きてもおかしくありません。いつ、どこで何があっても後悔のないように、「今日を懸命に生きよう」という話を今日はしたいと思います。

18歳で出合った葬儀屋という運命の仕事

私は高校を卒業後、山口県の大学に入学が決まっていました。入学前の3週間の休みを使って短期のアルバイトを探していたとき、「時給の良いバイトがあるよ」と紹介されたのが葬儀屋のアルバイトでした。43年前の平均的な時給の倍の1,000円もらえるというので、やってみたのです。

先輩社員に連れられて葬儀後の集金の場面に立ち会ったとき、ご遺族が涙を流しながら先輩社員に感謝を述べる姿を見て、「なんて凄い仕事なんだ」と感動せずにはいられませんでした。

私は子どもの頃から両親や祖母に「人のために生きなさい」と教えられて育ちました。「将来、人のお役に立てる仕事ができたら、そんな幸せなことはない」と考えていた私にとって、葬儀社の仕事こそ人様の役に立てる天職だと直観したのです。大学で特に学びたいことも定まっていなかった私は、入学を辞退して18歳で葬儀業界に飛び込みました。

最初の葬儀社で学んだことが今の自分の礎に

そこから37歳で独立起業するまでに、2つの葬儀社に勤務しています。最初の葬儀社には3年半お世話になりました。下関市にある愛グループという互助会で、今の神田社長がまだ幹部だった時代です。「徹底的に遺族の気持ちに寄り添いなさい」という方針のもと、故人に対しては「自分の最愛の人が亡くなったと思ってお手伝いしなさい」と教えられました。実際、ご遺族と向き合うなかで「この仕事は生半可な気持ちではできない」と実感しました。本気で心から寄り添わないと、悲しみのどん底にいる遺族からたった数日で「あなたに担当してもらえて良かった」「ありがとう」と言ってもらえる関係にはなれません。

父が倒れて愛知に戻ることになり退職しましたが、この3年半で学んだことが、今のティアの経営理念の根幹となっています。

幸い父が元気になり、静岡県浜松市の大手葬儀社に転職をしました。ここは最初の会社とは真逆で利益や効率を重んじ、流れ作業のように葬儀が進んでいきました。「いつまで遺族に寄り添っているんだ。早く次の仏様を迎えに行け」と言われ、最後までお見送りさせてもらえないことが、私は辛かった。

それでも遺族に寄り添い続けるうちに、ご遺族から会社へ「冨安さんにお礼が言いたい」「冨安さんを褒めてあげてくれ」とのお手紙をいただくようになりました。その実績が認められ30歳の頃には支店を束ねるマネージャーになっていましたが、ある日、転機が訪れました。「生活保護者は切り捨てろ。底辺の仕事は受けるな」という社の方針が打ち出されてしまったのです。

これに我慢がならなかった私は辞表を提出し、「すべての人を救ってあげられる葬儀社をつくろう」と決心しました。不透明な葬儀の価格を明確化し、適正な利潤を得る会社にすることも、このときに決意しました。

「なぜ自殺してはいけないの?」に答える、「命の授業」

私は18歳から死と向き合うなかで、「死生観」というものをはっきりともつようになりました。

なぜ生死観ではなく「死生観」なのだと思いますか? 「死」を受け止めてこそ、「生」をちゃんと生きることにつながります。死という最後の瞬間まで、限られた時間をどう生きるのか――それを教えてくれたのも葬儀の仕事です。

43年間の経験の中では、子どもを自殺で亡くした両親に何人も出会いました。悲しみをぶつける先もなく、自らを責める親御さんたち……。私がこの眼で見てきたこと、感じてきたことを世の中に伝えなくてはと思いました。それで、私は「命の授業」を始めたのです。これまで全国の小中高校や大学、看護学校などで授業をしてきました。学生向けに行う「命の授業」では、「なぜ自殺してはいけないのか。自殺してはいけない理由」というサブタイトルをつけています。


命の授業

小中学校、高校の児童・生徒を対象に、冨安氏が葬儀社としての自らの経験を基に、2014年より行っている「命の尊さ」や「感謝の大切さ」などについての講演。


きっかけは今から15年ほど前。講演を終えた私のもとに小学5年生の担任をする男性教師が来て、こう質問されました。「受け持ちの生徒から、なぜ自殺しちゃいけないの。僕の命なんだから好きにしていいよねと言われて、答えられなかった。冨安さんならどう答えますか?」と。

このときに答えたのは「命は自分のものだけど、自分だけの命じゃない」ということです。私は子どもたちに講演する際にはいつも次のことを話します。

「君たちの両親と、おじいちゃんおばあちゃんの世代で6人。この人たちが全員ちゃんと生きてくれたから、今の君たちがいるんだよ。6代前で64人、10代前で2046人、20代前で200万人以上の命をつないで、君の命がある。この中の誰一人が欠けても、君は生まれてこなかった。だから、君の命は君のものだけど、君だけの命じゃないんだよ。そのことを絶対に忘れないで」

講演後に寄せられる反響「最後まで生き切ります」

講演後に寄せられる感想文には、「今まで何度か死にたいと思ったことがある。でも、自分だけの命じゃないと分かったので、最後まで生きます」などと書いてあるんですね。そういうとき、「命の大切さを伝えられたんだな」と実感します。

今から数年前、生徒から自殺者を出してしまった中学校に呼ばれて、子どもやPTAの前で講演をしたことがあります。自殺した生徒の妹が在校生にいたのですが、その子の感想文に「今日の講演を聞いて、私はお兄ちゃんみたいに途中で投げ出したりしません。お兄ちゃんの分まで生き切ります」とありました。後日、校長先生にお電話をしたら、電話の向こうで校長先生が涙声で、「これで自殺者を出した学校という過去を乗り越えて、生徒たちと向き合っていけます」と仰っていました。

人間だけに備わる「目の前の人を喜ばせたい」本能

「命の授業」の中では、愛についての話もします。

「マザーテレサの言葉に『愛の反対は無関心』というのがあります。親が君たちに口うるさく言うのも、愛なんだよ。そこに愛がなければ親は何も言ってこない。愛っていうのは、目の前の人を想う気持ちのことだよ。生物は防衛本能と種の繁栄の本能をもち、人間だけが第3の本能をもっている。それは『目の前の人が喜ぶと嬉しい』という本能」

そして、「当たり前」の反対は「ありがとう」だという話をします。

「親がやってくれることを当たり前と思うのをやめて、『ありがとう』と口に出して言ってごらん。お父さんお母さんは照れくさそうな顔をして笑ってくれるよ。まずは身近な目の前の人から喜ばせることから始めてみよう。それができるようになると、大人になって仕事をするときにも、目の前のお客様を喜ばせることができるよ。世の中のすべてのビジネスは、人を喜ばせるためにあるんだよ」

こんな話をいつも子どもたちにしています。私も61歳となり、そろそろ勇退を考える時期に来ていますが、引退後に時間ができたら、全国の学校を手弁当で回って、「命の授業」を届けようと思っています。

うまくいかないときこそ、リーダーは探求心を持て

最後に、経営者としての今後のビジョンをお話します。コロナ禍が1年半におよび、ティアの業績も10~15%落ち込みました。しかし、葬儀は不要不急の用事ではなく、故人と二度と会えなくなる最後のお別れです。「ご遺族には絶対に故人に会いに来ていただく」という強い信念で、感染予防対策を万全にして会葬に臨めるように努めてきました。現在ティアの葬儀場は130館以上ありますが、一度もクラスターは出していません。お陰さまで今は業績もコロナ前の2019年度の水準に戻りつつあります。

当社では10月1日から新しい期が始まりますが、ここから先はコロナを超えた次なるステージに歩みを進めます。新生ティアの挑戦とは、全国制覇というさらなる高みです。

そのためにリーダーがすべき最大の仕事は、「やらなければならない」を「やりたい」に変えることです。人にさせられた仕事は生産性を下げます。社員一人ひとりが自らの意思で動けるようスイッチを押すのが、私や各セクションのリーダーの務めだと考えます。

会社がうまくいかないのをコロナのせい、政治のせい、何かのせいにするのではなく、「障壁をいかに乗り越えるか、必ず乗り越えて次に行くんだ」という強いメッセージを発信していくことが、トップには重要です。どんな状況でも、うまくいっている同業他社はいるものです。成功している経営者に会いに行き、話を聞いて秘訣を探ればいい。探求心を忘れたら、経営者は終わりだと私は思っています。

左から、阿部かな子副理事、近藤太香巳代表理事、冨安徳久理事、松村厚久理事

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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