Passion Leaders活動レポート
SBIホールディングス株式会社
代表取締役社長(CEO)
北尾吉孝
文/竹田明(ユータック) 写真/阿部拓歩 | 2020.02.14
SBIホールディングス株式会社 代表取締役社長(CEO) 北尾吉孝(きたおよしたか)
1951年生まれ、兵庫県出身。74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部を卒業。89年、ワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社(ロンドン)常務取締役。91年、野村企業情報取締役。92年、野村證券事業法人三部長。95年、孫正義氏の招聘により、ソフトバンク常務取締役に就任。99年、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)の代表取締役CEOとなり、現在に至る。主な著書に『成功企業に学ぶ 実践フィンテック』(日本経済新聞出版社)、『古教心を照らす』(経済界)、『何のために働くのか』(致知出版社)、『進化し続ける経営』(東洋経済新報社)、『実践版 安岡正篤』(プレジデント社)など多数。
中国古典への造詣が深い北尾社長。講演の冒頭は、例年通り中国の古代思想「十干十二支」と「陰陽五行説」を元にした今年の年相、つまり2020年がどんな年になるか解説するところからスタートした。
2020年は「庚子(こうし・かのえね)」の年。十干の「庚」は陽の金、十二支の「子」は陽の水で、相生関係にあたる。相生の生の字に心を表す立心遍を付けると「相性」となるため、相性がいい年回り、明るい年になると北尾社長は説く。
「庚子の字義を紐解くと、庚は『継続』『更新』『償う』の三義を持ち、子は終わりと始まりを意味します。よって、庚子の年には、新たな局面が展開する認識を持って、継続すべきことと刷新すべきことを峻別しなければなりません」
また、ネズミ(子)年でもあり、ネズミは繁栄の象徴。陰陽説では「陰極まりて陽気が出る」年にあたり、陽気の到来による新たな局面と物事の増幅を意味している。
「60年前の庚子には、今の安倍首相の祖父である岸信介が進退をかけて新安保条約に調印し、後継の池田勇人が『所得倍増計画』を打ち出して、日本は戦後復興を終えて高度経済成長期という新しい局面に入りました。テレビのカラー放送がはじまり、カラーテレビ、クーラー、クルマの新三種の神器の時代が幕を開けました」
ネズミは警戒心が強い生き物。火事が起こる前にネズミはいなくなるという。ネズミは環境の変化をいち早く察知して、鋭敏な勘で危険から逃れる。庚子の年が新たな局面の到来を示唆しているといっても、ネズミのように用意周到な構えも必要と説いて年相の話を終えた。
今回の特別講演のメインテーマでもある「企業経営の心得」の話をはじめた北尾社長。その冒頭で敬愛する幕末の志士、吉田松陰の次の言葉を紹介した。
夢なき者に理想なし
理想なき者に計画なし
計画なき者に実行なし
実行なき者に成功なし
故に夢なき者に成功なし
「経営者の出発点は『夢』です。それは言いかえると『志』ともいえます。志の漢字を解体すると『士』と『心』。士は「十」と「一」の合字で、十は多数・対象を表し、一は多数の意志を取りまとめることを意味します。故に志とは『公に仕える心』であり、大事業を起こしたり、歴史上の人物になったりすることだけが『志』ではありません」
公のために自分ができることを生涯通じてやり抜く。そして、後に続く人たちへの遺産とする。それが志の本義だと唱えたうえで、もう一つ大切なことを挙げた。
「高い志だけあってもビジネスは成功するものではありません。夢の実現に必要なのは『知識』『戦略』『実行力』です。多くの経営者が夢だけをかかえて歩もうとしますが、それではなかなか成功できません。『志』と『野心』は違います。野心は利己的なもの、志は利他的なもの。私のところには、大勢の経営者が資金を求めてやってきます。しかし、私は投資するか決するとき、その人物が自分のビジネスに生涯をかける決意と熱意を持っているか見極めます。『純』が大事です」
「志」とは公に仕える心と北尾社長は説く。社会貢献するためには、人間力を高めなければならないと続ける。しかし、人間力はどうすれば高められるのだろうか?
北尾社長によると「五常」をバランスよく磨くことだという。五常とは、儒教で説く5つの徳目、「仁・義・礼・智・信」のことだ。
「仁は、他を思いやる信条。義は、社会正義に照らし合わせて正しいことなのかを考えること。自分のことだけを考えて『正しい』と思っているだけではダメですよ。礼は、エチケット&マナーだけでなく、秩序を維持する・協調し調和するという意味です。智は、人間がよりよい生活をするために、なすべき知恵を示しています。『信なくば立たず』と論語にあるように、信は集団生活を営む上でなくてはならないものです」
「仁・義・礼・智・信」の五常を鍛えるためには、古典を中心とした良書を深く読み込んで習得するのが道だという。自分自身を鍛えていくのは自分以外にないという強い意志と覚悟を持ち、学びを実践していくことが重要だ。
「知識は本を読めば得られます。そこに善悪の判断を加えたのが見識。見識まで持っている人はいますが、それを実行するのはとても難しいものです。実行力を伴ったのが『胆識』です
孔子は『意なく、必なく、固なく、我なし』を実践、修練したといいます。有能な人ほど『意必固我』に陥りやすいもの。論語に『下問を恥じず』という言葉がありますが、部下、それがたとえ新入社員であろうとも、意見を求める柔軟な姿勢が経営者には大切だといえるでしょう」
勝敗は時の運。勝ち負けにこだわらないで、常に臨機応変に方向転換をするのも経営者=リーダーに必要な資質といえる。「失敗して当たり前、8割は失敗」とポジティブに物事を捉え、悲観する必要はないと北尾社長はいう。しかし、「備えあれば患いなし」「策に三策あるべし」。世の中には予測不能なことがたくさんあるから、常に代案を考えておき困ったら変えるのがポイントだ。
「リーダーは天分に恵まれて自然になるものではありません。かのアメリカの鉄鋼王カーネギーの墓には『己より賢明な人物を集めし男、ここに眠る』と書いてあります。リーダーだからといって、何でもかんでもできる人間である必要はありません。人の話を聞いて判断できるぐらいの知識を持っていれば大丈夫。自分より優れた能力を持つ人材を大切にして、その人と一緒に自分の志を実現すればよいのです」
優れた人材と共に成功するには、なによりも人間的魅力が必要。そこで、リーダーに求められる心得として「ブレない心」を北尾氏は挙げる。ブレない心を持つことで目先の状況変化に戸惑うことなく判断・対処できる。そのためには判断の物差しを常に持っておくこと。そして……、
「リーダーは常に発光体でなければいけません。明るくないとダメです。陰気な顔をしている人の元には誰も集まってきませんし、ついてきてくれません。明るくあるには、気力・体力・知力を充実させることです。貝原益軒の『養生訓』に健康であるための『四要』が書いてありますが、私も修養が足りていません。69歳にして『いまだ出来ず』です」
そして最後にもう一つ、ドイツの哲学者ニーチェの言葉「偉大とは人々に方向を与えることだ」を引用し、リーダー=経営者に必要なことを説いた。
「リーダーは方向を与えないとダメです。とはいえ、同じ方向が常に正しいわけではありません。臨機応変に現在位置を確かめて、常に正しい方向を与えるのです。経営者に求められるのはタイミングを見極め、ニーズをつかむことです。商売には商機、政治には政機があり、機をとらえるかで成功・不成功が決まります」
儒教の基本書籍である五経の筆頭に挙げられる経典「易経」は、君子の帝王学といわれ「機」を察する能力を養うために書かれた書物。易経には3つの機があると書いてある。
「易経には幾・機・期という3つの機があると書いてあります。幾は兆し、機微。物事が動く前には必ず兆しがあり、これをいかにしていち早くつかむかが大切です。機は勘所、ツボですね。何事もツボを押さえていないとダメ。鍼灸でもツボを外すとまったく効きません。そして最後の期はタイミング。洞察力と直観力を身に付けて、3つの機を抑えるのが事業成功への道といえます」
夢と一緒に知識・戦略・実行力を持って、夢想家で終わらず、仁・義・礼・智・信の五常を鍛えて明るい発光体であり続ける。そして、先見の明とブレない心で社員に方向を与えるのが経営者のあるべき姿と、北尾社長は1時間にわたる講演で教えてくれた。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美