スーパーCEO列伝

100年先も愛されるブランドへ、勝友美の「ヴィクトリー」に込めた想い

株式会社muse

代表取締役

勝 友美

文/笠木渉太(ペロンパワークス) 写真/大島 万由子 | 2021.12.28

Re.museの「ヴィクトリースーツ」を着ると、なりたい自分になれるという。それは単なる噂ではなく、相手の思いを丁寧にくみ取り、真剣に叶えたいと願うRe.museの姿勢があるからこそだ。代表の勝友美氏は簡略化やシステム化が進み、人とのつながりが希薄になりつつある今だからこそ、本心から人と向き合うことに価値があると語る。経営者として、『100年先にも、museがブランドとして存在していること』をどう実現していくのか、思いを聞いた。

株式会社muse 代表取締役 勝 友美(かつ ともみ)

兵庫県宝塚市出身。短期大学卒業後はアパレルメーカーの販売員を務め、1日目にして売上トップを記録する。その後、スタイリストとしてポータルサイトの新規事業立ち上げを経験したのち、オーダースーツ業界へ転身。2013年に独立し、現Re.museを創業。現在は大阪、銀座、六本木に店を構える。

3,000人の自己実現を支えたRe.museの「ヴィクトリースーツ」

Re.museが手掛けるオーダーメイドスーツは「ヴィクトリースーツ」と呼ばれている。これは勝氏が名付けたのではなく、Re.museのスーツを着ることが実績につながった顧客の間で自然と広まり、定着したのだという。

例えば、上司に紹介されるかたちでRe.museを訪れたある顧客は営業成績に悩んでいた。それが、ヴィクトリースーツによって自信をもつことができ、1年後にはトップセールスに上りつめたそうだ。起業や婚約など、人生の節目に向けてRe.museを訪れる顧客も少なくない。

「創業の頃から、1着のスーツでお客様の人生に影響を与えたいという気持ちをもっていました。提供する価値や目的が明確なら名前はあとから自然とついてくると考え、スーツ自体のネーミングはしていなかったのですが、Re.museのスーツを購入されたお客様が次々と私の願い通り夢を実現されていかれたのです。ブランドを立ち上げてから1年後には『ヴィクトリースーツ』と呼ばれるようになりました」

ヴィクトリースーツの効果を実感した顧客の紹介や評判を聞きつけた人が集まり、Re.museはこれまでに3,000人以上の自己実現をサポートしてきた。第1号店である大阪店舗のオープンから4年後の2018年2月にはミラノコレクションに出店するなど、海外からの評判も高い。

夢を叶えるツールとして広まったヴィクトリースーツ。1着20万円からと決して安いとは言えないが、今ではスーツを買うこと自体を1つの目標にする人も少なくないそうだ。

「なりたい自分」から始まるスーツづくり

オーダーメイドスーツの仕様決めでは、一般的にデザインやカラーといった顧客の希望をヒアリングし、生地選び、採寸、細部の擦り合わせといった手順を踏む。一連の工程を15分から30分で済ませるところもあるそうだが、Re.museでは2時間かけてじっくり決めていく。

「お客様にヒアリングする際、まずはスーツを着てどうなりたいのか、お客様の『なりたい自分』を聞きます。何のためにつくるスーツなのか、目的を私たちテーラーとお客様で共有するんです」

そうはいっても、自身の夢や目標を即座に答えられる人はそう多くないように思える。現に、ヴィクトリースーツをつくりに来る顧客のなかにも、突然目標を問われて戸惑う人もいるそうだ。だからこそ、Re.museはヒアリングに時間をかける。

「営業成績を上げたいという目標があったとしても、ではなぜ上げたいのか、根本がはっきりしていないこともあります。会社に言われただけなのか、仕事を通じて社会貢献したいという思いがあるのか。私たちとの会話のなかで、本当にしたいことをお客様自身で気付いてもらう。そしてその実現のためにヴィクトリースーツをつくるという認識をしてもらうことが大切なんです」

顧客が自身の目標を再確認している最中、一方の勝氏は相手の言葉遣いや振る舞いから相手の内面を観察し、どのようなデザインならその人のもつ夢や目標を実現できるか、イメージするのだという。これまで多くのスーツを見立ててきた経験から、短時間で理想形は思い浮かぶとのこと。しかし、それを押しつけるような提案はしない。

「私たちが出した答えに、お客様にも自力でたどり着いて欲しいんです。もちろん、『この中の生地であれば、どれを選んでも未来をつかむことができる』というようなかたちで提案し、選んでもらうことはします。ですが、単におすすめされたスーツと、自分で目標を見据え、実現のために選んだスーツとでは、仕上がったときの感動や身にまとって世に出ていくときの気持ちがやはり違うんです」

Re.museではヨーロッパを中心とした7,000種類以上の生地を取り扱う。エレガント、カジュアル、フォーマルといった生地の性格と顧客の人柄を照らし合わせながら決めていく。

このスーツなら自己実現できる、と納得して選ぶことがスーツを着たときの自信と確信につながる。仕上がったスーツにはじめて袖を通したとき、似合っている実感も力強い後押しとなるはずだ。

身体にフィットする理想的なオーダースーツを仕上げるには細やかな採寸が欠かせない。ヴィクトリースーツの採寸は身体の70カ所以上、1ミリ単位で行われる。また、縦と横だけではなく、猫背や撫で肩、はと胸など、体の凹凸に合わせた立体的な採寸をし、骨格に合わせたその人だけの型紙を作成する。

身体の凹凸に合わせた補正、特殊体型補正を導入した採寸によって、着用時の不要なシワを取り除き、きれいなシルエットを実現する。

「お客様が帰られた後も採寸データを見直し、どう補正を入れれば美しく見えるか検討していきます。細かい補正を入れたスーツは機械で自動縫製というわけにはいきません。Re.museでは工程の半分以上を職人による手作業で行っています」

一般的な工数は100工程とされているオーダーメイドスーツ。しかし、ハンドメイドに重点を置くヴィクトリースーツでは、完成までに400以上の工程を要するそうだ。

理想の姿であることが、最高のパフォーマンスを実現する

着用した顧客がどう見られるかを徹底して考え、ヴィクトリースーツを提供するRe.muse。では、代表の勝氏は自身の見え方をどのように意識しているのだろうか。

「お客様の前でも公の場に立つ場合でも、常に『自分はこうありたい』という姿をイメージして立っています。今日のお客様の前では明るい自分を見せたい、代表として振る舞う必要があるときは落ち着いた雰囲気を見せたい。思い浮かべた理想の姿と実際の自分が合致したときに最大のパフォーマンスが発揮できるんです」

なりたい自分との合致が自信につながる。そう考えるからこそ、顧客のヴィクトリースーツのデザイン決めにも余念がない。

一般的なオーダーメイドスーツのヒアリングでは、顧客の希望するスーツの柄や色などをもとにデザインを提案していくことになる。しかし、Re.museでは相手のリクエストをひっくり返すような提案をすることも少なくないそうだ。

「例えば、お客様がネイビーのスーツを希望したとしても、その人の自己実現のためには本当にネイビーでいいのか、他の選択肢はないのか私たちの方が真剣に考えます。もし違うなと思ったら、鋭い意見を言うこともあるんです。でも、それはお客様に本当に夢を叶えて欲しいと思う、私たちの愛情なんです」

「お客様の要望を肯定するだけでは販売員がいる意味はないと思っています。私たちの仕事はお客様の選択肢を広げ、今までになかった価値観を発見してもらうこと。新しいインプットがあるからこそ、お客様自身も気付いていなかった、その人のパワーが発揮されていくんだと思います」

常に自分の理想形をイメージし、体現している勝氏だが、従業員には対しては素の自分を見せることが多いそうだ。働き方についても多くを語ることはせず、むしろ見守りに徹するという勝氏。お客様を自信に包み、真剣に向き合って、生き方に影響を与える。Re.museの信念さえ共有していれば、やり方はそれぞれのスタイルで良いという考えだ。

「バリューを浸透させようと考えている企業は数多くありますが、そこからさらにもう一歩踏み込んだフェーズもあると考えています。それは、従業員のさまざまな日を許容してあげること。気持ちがのらない日もあるはずですが、そういう日があることも認め、なるべく従業員たちのストレスを減らしてあげたい。その上で、個人個人が自分らしい接客の仕方や価値観を育ててくれれば、より多くのお客様に応えられる企業になれると思っています」

目指すのは「100年先も愛されるブランド」

Re.museのビジョンは『100年先にも、Re.museがブランドとして存在していること』。勝氏はブランドの立ち上げ当初、まだ実績も少ない頃から周囲に宣言してきた。

「ブランドを立ち上げるにあたって、どのような価値を提供すれば100年間歩み続けることができるかを考えました。Re.museがお客様と真剣に向き合うことに重きを置いたのは、技術の進歩により社会が便利になっていくなかで、人と人とのかかわりがいずれ見直され、大きな価値になると確信していたからです」

勝氏のビジョンやRe.museの在り方に、最初は周囲の理解を得られないこともあった。それでも、言い続けてきたからこそ今があると勝氏は語る。

「人にどう思われるかを気にしていては、何も話せなくなってしまう。口に出すことではじめてわかってもらえますし、自分の覚悟も伝わるのだと思います。おかげで、今では多くのお客様とRe.museの目標や考えを共有することができました。

ヴィクトリースーツを着たことがある人もない人も、着ることでどんな体験や感情を得られるか知っている。それこそがブランドの価値であると思っています」

Re.museが100年続いていくためには、業界自体の存続や活性化も必要になってくる。オーダーメイドスーツ業界に対するRe.museの役割を、勝氏はどうとらえているのだろうか。

「本来、オーダーメイドスーツはお金をかけて最高峰の夢を見てもらう商品だと思います。ただ、今は低価格化が進んでしまい、顧客も十分な満足を得ることができない状況です。Re.museのやっていることは縮小産業に付加価値をつけて再リリースするようなこと。オーダーメイドスーツの価値を原点回帰させたいという思いがあります。また、日本が誇る縫製技術も後世に残していきたい。ハンドメイドにこだわるのは、そういった理由もあるのです」

今後は人を自信に包むミッションはそのままに、オーダーメイドスーツ以外の商品の実現も考えているという。コロナ禍によって社会のありようが変わり、体験価値についても見直しが進む今、Re.museは消費者にとってよりかけがえのないブランドになっていくのではないだろうか。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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