市場創出力

「牛」「人」「笑顔」のために、先端技術導入で楽しい農業を目指す

株式会社十勝ふじや牧場

代表取締役

藤谷竜也

文/宮本育 写真/守澤佳崇 | 2021.11.10

農業従事者不足が深刻だ。2015年から2020年の5年間で約46万人が減り、しかも従事している人の約70%が65歳以上と高齢化も顕著。「つらい」「汚い」「休みがない」という負のイメージからなかなか新規就農者が定着しないのも大きな課題だ。そんななか、北海道清水町から農業の楽しさを発信しているのが、株式会社十勝ふじや牧場の藤谷竜也氏だ。先端技術を用いた取り組みを行う、藤谷氏が目指す農業とは?

株式会社十勝ふじや牧場 代表取締役 藤谷竜也(ふじや たつや)

1976年、北海道千歳市生まれ。工場に勤務していたとき、藤谷家の長女である奥様と出会う。藤谷家の家業である牧場の後継者がいないことを知り、自身が後を継ごうと決意。1年間の修業を経て、30歳のとき、婿養子に入る。牧場経営の発展を図るため、2021年2月に法人化。現在、奥様と義父母と共に、AIを活用し、約200頭の黒毛和牛・交雑牛を肥育している。2024年には東久邇宮文化褒章を受章。

牛のAI管理システムを導入し、属人的な働き方からの開放

奥様の実家である藤谷牧場を継いで15年。牧場や畑の仕事をしながら、さまざまな勉強会に参加し、各種情報にアンテナを張り巡らせ、試行錯誤の15年間だった。そこで感じたのは、“属人的な働き方のままでいいのか”という疑問だったという。

「かつて畜産や酪農の大半は、牛を見ただけで体調の変化などを見抜く、名人のような人がいないと、生き物の管理は難しかったわけです。当時、経験の浅かった僕にはそういう能力はなかったので、何か良い方法はないか、そして、熟練者の勘に頼らずとも、誰でも判断ができる方法はないかと考えていたとき、AIを使った管理方法を知りました」

センサーが付いたウェアラブルデバイスを牛の首に装着する管理システムで、牛の活動量などを個体別に24時間リアルタイムで取得し、取得したデータをAIが分析して、疾病などの兆候があると牧場管理者のスマートフォンなどに通知される。特に、このシステムが最も活躍するのは、深夜だと藤谷氏は言う。

「出荷が近づいた肉牛は就寝のため横になると、巨体ゆえに自力で起き上がれないことがあるんです。この状態が長時間続くと、牛は死んでしまいます。ちなみに、1頭死んでしまうと80~90万円の売上を失います。このような事故を防ぐため、これまでは4時間おきに牛舎の見回りをしなければならず、夜は睡眠時間を削って行っていました。これがとてもきつい。しかし、センサーを付けたことで、起き上がれずにもがいている牛がいるとアラートで知らせてくれるので、すぐさま牛を助けることができます」

労力を軽減でき、牛の苦しみをすぐさま取り除き、そして売上だけでなく、出荷まで約2年間育てた飼料代や人件費も無駄にすることなく、安定して供給できる。まさに、十勝ふじや牧場のコンセプトである、「For Human, For Cow, For Smile」を体現するシステムだった。

「この前、妻に『あなたが牧場を継いでから、農業のイメージが変わった』と言われました。今までは身を粉にして自然を相手に働くだけが農業だと思っていたけど、AIを使った管理システムの導入、法人化とそれに伴う経営理念や中長期計画などの作成、牧場のロゴマークまでつくって、まるで都市部の大企業みたいだと。目の前の仕事をこなすだけでなく、何のために働くのか、効率化するためには、などを考えることも大事で、それを考えるといろんなことが楽しくなる。そんな農業をやれるとは思っていなかったと言われ、改めて一緒に働く家族や、仲間である従業員の幸せを守ることが、農業の発展や食の安全につながるのかもしれない、と感じました」

働き方から体験牧場まで、農業に関心をもってもらう試み

農業は今後の日本を支える重要な産業の一つで、喫緊の課題である従事者不足を解決するためIT化が進んでおり、多くの関心が寄せられている。

「さまざまな分野が変革の時代を迎えていますが、農業も同様です。これからの10年、どのように変化していくのか、楽しみでなりません」と藤谷氏。

そのような時代の変化に対応した働き方も視野に入れており、ジョブローテーションの導入、動画などを活用した人材教育など、これまでの畜産業界では珍しい取り組みも考えている。

「一人の技術に頼るのではなく、みんなが等しく経験して習得する仕組みが、これからの畜産に必要だと思いました。作業のやり方についても、誰かに聞く、見て学ぶという方法が苦手な若者もいると思うので、今やほとんどの人が持つスマートフォンで動画やPDFを見て、予習やおさらいをできるようにすればいい。今はそれができる時代ですし、そのような人材教育が今の時代にふさわしいように感じています」

そこで現在は、機材操作のトレーニングも兼ねて、牧場や畑の様子をドローンやGoProで撮影し、YouTubeで公開している。種をまくトラクターや、小麦の収穫を行うコンバインの周りをあらゆる角度から撮影した動画は圧巻だ。

さらに、藤谷氏には夢がある。

「トラクターやコンバインの運転体験などのアクティビティを楽しめる体験農場にも挑戦したいです。農業従事者が減っているというのは、農業への関心の薄さだと考えています。関心の薄さの原因は、農業が身近でなく、体験できるきっかけがないということ。広い畑の中を大きなトラクターで走る気持ち良さが、もしかすると、農業への憧れに火をつけるかもしれません。何かを始めるきっかけは意外にもそういうもので、そんな人が増えてくれたらいいなと思っています」

農業は大変な仕事だ。だが、そのなかに大きな喜びや楽しさがたくさんあり、虜になった人はこう言う。

「一度、農業をやったらやめられない」

農業の世界に入らないと分からない、眠る魅力の発信を、これからも続けていきたいと、藤谷氏は笑顔で語った。

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vol.56

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