スーパーCEO列伝

3枚看板で躍進するワークマンの方程式 すべての源はプロ職人

株式会社ワークマン

代表取締役社長

小濱 英之

文/杉山直隆 写真/宮下 潤 | 2021.06.10

低価格アパレルの市場にこんな新星が現れるとは、誰が予想できただろうか。創業40年、作業服専門店として全国的に知名度が高かった「ワークマン」は、2010年代半ばに、アウトドアやスポーツでも使えるプライベートブランド商品の開発を始めた。すると、「低価格なのに機能が優れている」と高評価。一般顧客を対象とした「WORKMAN Plus」や「#ワークマン女子」などの新業態店をオープンし、ここ3年間で売上が1.8倍と激増した。大躍進を呼び込んだワークマンの秘密を、業態、製品開発、マーケティングの視点でひも解く。

株式会社ワークマン 代表取締役社長 小濱 英之(こはま ひでゆき)

1969年生まれ。1990年、ワークマン入社。2009年には商事部長、その後商品部海外商品部長、執行役員および取締役スーパーバイズ(営業、FCのアドバイザー)部長などを歴任。PB商品の立ち上げや「WORKMAN Plus」「#ワークマン女子」の出店の責任者としてかかわる。2019年4月、代表取締役社長へ就任。趣味はアウトドア、特に釣り好き。

新業態で展開、アウトドア・スポーツ向け商品がブレイク

明るい色のマウンテンパーカーに細身のパンツ。デニムのスカートにはフィールドジャケットとサファリハットを合わせて――。カラフルなコーディネートのマネキンが並ぶ店。どのファッションブランドかと看板を見ると「#ワークマン女子」の文字があった。

「#ワークマン女子」は、作業服専門店「ワークマン」が一般女性客向けに始めた新業態だ。1979年、群馬県伊勢崎市に創業し翌年1号店をオープン。その後、日本屈指の作業服専門店チェーンに成長したワークマンだが、近年、高齢化や人口減少によってメイン顧客である職人が減っていく危機感から、新業態を立ち上げ始めた。第1弾は、2018年にアウトドアやスポーツ向け商品を取り揃えた「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」。第2弾として2020年にオープンしたのが「#ワークマン女子」だ。

アウトドアやスポーツ向け商品を取り揃えた「WORKMAN Plus」

作業服を置かない一般層向けの「#ワークマン女子」

どちらもブレイクしたのは周知の通り。東京・立川のららぽーと立川立飛内にオープンした「WORKMAN Plus」1号店は、年間売上の予想をわずか3カ月で達成。神奈川・横浜のコレットマーレにオープンした「#ワークマン女子」1号店も、予想以上に好調な滑り出しを見せた。

その後の勢いもすさまじい。2021年度末までに「WORKMAN Plus」を272店舗、「#ワークマン女子」を2店舗に増やすと、業績は急拡大した。2018年3月期のチェーン全店売上は797億円だったのが、右肩上がりで成長し、2021年3月期の売上は1466億円に達した。営業利益は前期比25%増の240億円と10期連続で過去最高を更新。コロナ禍を忘れるほどの好調ぶりだ。

さらに成長するために、今後10年で、「WORKMAN Plus」を900店舗、「#ワークマン女子」を400店舗、全国に出店予定。2021年6月17日には「#ワークマン女子」初のロードサイド店である南柏店をオープンする。

なぜここまでブレイクしたのか?

「最大の理由は、作業服で培ったノウハウによって、高機能で低価格の商品を提供したことです」と話すのは、2019年に株式会社ワークマン代表取締役社長に就任した小濱英之氏。近年の変革に関する責任者を担ってきた同社の元エースだ。

小濱社長はプロパーから経営者になった生粋の“ワークマン”

コト消費を後押しする「低価格・高機能」が支持を獲得

実は「WORKMAN Plus」「#ワークマン女子」に置いている商品は、元祖「ワークマン」の店舗でも販売している。ただ、「ワークマン」ではハンガーにかけていただけだったのに対し、「Plus」と「女子」ではコンセプトに合った商品だけを揃えてコーディネートを提案。そのため成功要因として“見せ方の巧みさ”がよくクローズアップされる。

「しかし、どんなにうまく見せても商品に魅力がなければ売れません。『プロが認めた商品がこの値段で買える』というのがワークマンの商品の魅力。製品開発が肝です。すべての業務が100%だとしたら、製品開発には60%の労力をかけます」(小濱氏、以下同)

消費者に高く支持されたのはプライベートブランド(PB)商品だ。従来はPB商品にあまり力を入れていなかったが、客層拡大のために、2014年から本格的に製品開発をスタート。2016年に、次の3つのブランドを立ち上げた。従来の作業服としてだけでなくアウトドアシーンで使うことを意識した「FieldCore(フィールドコア)」、スポーツシーンで使うことを想定した「Find-Out(ファインドアウト)」、高機能レインウェアブランドの「AEGIS(イージス)」だ。

アウトドアブランドの3分の1の価格を目指したFieldCore。「コットンキャンパー」2,900円。

丈夫さとデザイン性を兼ね備えるFind-Out。「冷感リフレクティブ ショルダー半袖Tシャツ」580円。

AEGISは防水ウェアの代名詞。「3レイヤー透湿レインスーツ BIKERS 」5,800円。

この3ブランドに共通するのは、コストパフォーマンスの高さ。もっともそれはもともと備えていた「ワークマン」の取扱商品の強みでもあった。

作業服は猛暑や極寒、暴風雨など過酷な環境下でも快適に働けるよう、防水性や保温性、通気性などの機能性が求められる。また、作業によってすぐに傷んだり汚れたりするので何度も買い替える必要があり、1着何万円もするようなものは見向きもされない。あくまで「消耗品として使える気軽さと、機能性の高さ」が重要だ。

そうした「低価格で高機能」を追求した作業服の強みを、アウトドアやスポーツ用品に応用したのが、3ブランドの特徴だ。作業服同様にほとんどの商品が2,000~3,000円程度で買えてしまう。

これが見事にハマった。

「アパレル市場を『高価格と低価格』『デザイン性重視と機能性重視』の2軸で分けると、4つの市場に分類できます。そのうち、『高価格・高機能』『高価格・デザイン性が高い』『低価格・デザイン性が高い』の3つは各社が激戦を繰り広げていましたが、『低価格・高機能』の市場は無風状態でした」

そこにうまく食い込み、消費者の心をつかんだのが、ワークマンの新ブランドだったわけだ。「低価格・高機能」アパレルの市場規模を試算すると、およそ4,000億円に達するという。想像以上に大きなブルーオーシャンを、ワークマンは見つけ出した。

「1つ2,000~3,000円くらいの価格帯なら、普段着としてはもちろん、何かスポーツを始めるときや、ちょっとアウトドアに遊びに行こうというときにも、気軽に買えます。三日坊主だったとしても、キャンプでちょっと火の粉が飛んで焦げても、2,900円なら『ま、いいか』『また買えばいいか』と思えますよね。モノが売れない時代に“コト消費を後押ししている”ことも、支持された理由だと考えています」

フルコーディネートも全然いける

機能を高めても売価は上げない

PB商品を改良するときに、ワークマンがこだわっているのが、売価はそのままに商品を改良することだ。

「作業服は次々と買い替える必要があるので、お客様は価格に敏感です。いくら機能性がアップしたとしても、今まで1,000円だった商品が2,000円になったら買ってもらえません。だから、なんとしても1,000円で抑える必要がある。アウトドアやスポーツに関する商品も、その価値観でつくっています」

売価を据え置きにして質を高めるにはどうすればいいか。素材メーカーや問屋と交渉し、仕入れを安く買い叩くことはやろうと思えばできるが、ワークマンは絶対にしない。「互いに不毛な駆け引きになるだけ。長期的に見て不利益になる」からだ。

そこで生きてくるのが、これまで培ってきた低コストで機能を追加する工夫だ。例えば「ウインドブレーカーが蒸れる」という意見が寄せられたら、メーカーと相談しながら、あらゆる方法を検討する。ポケットの中の袋をメッシュにして風通しを良くする、脇の下に通気孔をつくる……といった具合。

「他のアウトドアブランドでは、脇下などの通気孔は金属のハトメで補強するのが一般的ですが、そうするとコストが高くなってしまう。そこで『ボタンホールの機械で穴を開ける』といったアイデアを出していくのです。また『ジャンパーのファスナーが壊れやすい』と言われたら、使用頻度の高いところだけ質も原価も高いファスナーを使い、あとは安いファスナーを使う。やりようはいくらでもあります」

製品の話になると一段と声が弾む小濱社長。

こうして生み出された商品の評判が高まれば大量につくれるようになる。すると、生地や工賃が安く抑えられることもあるだろう。その際、「利益が増える」と喜ぶことはない。ワークマンでは捻出できた利益を「生地をもっとよくできないか」「機能を加えられないか」とさらに改良に回すのだ。

「このように改善を繰り返していくと、前年買っていただいたお客様に『機能が進化している! なのに同じ値段!?』とビックリしていただけます。お客様にリピートしていただくには、こうした驚きの連鎖をつくることが必要です。株主様からは『PBの利益率が上がればもっと利益が上がるのでは』と指摘されるのですが、『長い目で見れば品質アップをすべき』とご説明しています」

ワークマンではPB商品の原価率の目標を65%と定めている。他のアパレルからみたら極めて高い原価率。逆に言えば、そこまでしなければお客様を驚かせることはできない、と考えているということだ。

毎日使うプロほど商品に詳しい人はいない

もちろん、すべての作業服が、「低価格・高機能」の市場で支持されるわけではないだろう。ワークマンのPB商品が支持されたのは、「お客様のニーズをうまく汲み取って、商品開発をしてきた」からだ。小濱社長は次のように話す。

「職人さんを始めとしたプロのお客様の意見を吸い上げ、商品づくりや仕入れに生かす。その地道な積み重ねが、PB商品の開発にも生きていると思います」

「プロのお客様の意見に耳を傾ける」のは、今に始まったことではない。新卒の社員は入社直後から直営店の店長を2年間経験するが、そのときに、先輩社員から“顧客の声を聞くことの重要性”をたたき込まれるのが、同社の伝統だ。それは建設現場などを中心としたプロユースの商品のことを最も良く知っているのは「毎日使っているお客様だ」という考え方からだ。

どこに行っても同じ商品が買える、そしてフレンドリー。それが「ワークマン」の魅力。

「作業現場で使うものはとにかく消耗が激しく、数日でダメになることも珍しくありません。だから、お客様は毎日のように店を訪れ、商品を購入していきます。だから、商品について非常に詳しいですし、『手袋は今まで3日しか持たなかったけど、この手袋は“3日半”は持つな』と、質に対しては非常にシビアなのです。私たちも当然商品の勉強をしますが、現場感覚を持っている方にはかなわない。そう考えると、お客様に話を聞くことはものすごく重要です」

幸い、プロの顧客は毎日のように来店するので顔見知りになりやすい。話を聞く姿勢を示せば、「このウインドブレーカーは蒸れる」といった商品に関するポジティブな意見もネガティブな意見もいろいろと話してくれる。その意見を店長が本部にあげ、商品の改良につなげることは、以前から積極的に行ってきた。

その積み重ねによって、同社は「お客様はどんなものを求めているのか」「逆に何は求めていないのか」、顧客心理を理解するようになった。それが「低価格で高機能」のPB商品づくりに生かされているというわけだ。

プロ職人の声を基に何度も改良を重ねた「4D超撥水STRETCHフィールドジャケット」3,900円

実は、「#ワークマン女子」を開店した理由の一つに、プロの職人が買いやすい環境をつくり出すことがある。きっかけはワークマンの商品が一般客にも注目されるようになったことで、既存店が混んでしまい、プロの職人が駐車場に車をとめられないというトラブルが起きたことだ。また、汚れたままの服装で入店するのになんとなく引け目を感じる人も出てきた。

「職人さんたちは『服が破れてしまった』『雨が降ってきたのでカッパを買いたい』と急用で来店されることが多いので、気軽に入れないのは良くない状況です。弊社は職人さんたちを大事にすることで育ってきましたから、絶対にないがしろにできません。従来のお客様と新しいお客様の双方が、買いやすく使いやすい店づくりを目指していきます」

小濱社長の言葉通り、2021年12月には、プロ職人向けに特化した新業態「 WORKMAN Pro 」1号店の板橋前野本通り店をオープンする予定だ。これが「俺たちのワークマンは?」という問いに対するワークマンの答えといえるだろう。

多彩なプロの意見を取り入れ、さらに良い商品を開発する

従来のワークマンでは、プロ=建設現場で働く職人や工場のスタッフだったが、「WORKMAN Plus」や「#ワークマン女子」を始めたことで、多彩な職業人をプロとみなすようになった。そうした考え方から新たに始めたのがアンバサダー・マーケティングだ。

ワークマンのアンバサダーは、もともとワークマン製品の愛好者で、何らかの専門分野を持っている人たち。いわゆるインフルエンサー・マーケティングとは異なり、公式アンバサダーは製品情報の先どりや新製品モニター依頼、ワークマン側からサイト等への誘導などのメリットはあるが、基本的に認定を受けるのみで商業ベースの関係はない。

「ruriko _675」を運営するバイク系YouTuberのRurikoさん

Instagramで活動する旅キャンパーゆうみょん(u0nagan)さん。

現在は、モーターサイクルジャーナリストやキャンプ系YouTuber、猟師、ランニングジャーナリストなど44人のアンバサダーがおり、2022年度中に50人に増やす予定だ。また、最近ではその道のプロの知見を持つアンバサダーとともに製品開発もしている。

「発端は防水性や防寒性の高いPB商品を求めるバイカーのお客様が急増したことでした。そこで、メディア製品発表会にバイク雑誌の方をお呼びしたところ、『ブーツを履きたいのでもっと裾が広い方がいい』といった製品開発につながる意見をたくさんいただけたのです。それなら、こうしたプロの人たちと共同で開発をすればいいと考えました。

正直、意見をほとんど丸のみして商品づくりをしています。製品開発者はプライドが高い人も多く他者の意見を聞かなくなりがちですが、当社はもともとお客様の意見を取り入れまくってきたので、抵抗がありません」

自分の意見を採用してもらえれば、アンバサダーもモチベーションが高まり、SNS等で宣伝してくれるし、製品のアイデアもどんどん出してくれる。そのためアンバサダーは無償でも非常に協力的だという。

YouTube「Nozomi's狩チャンネル」を運営する猟師のNozomiさんと「MIXINGレインパーカー」(3,900円)等を共同開発。

こうしてさまざまなプロが製品開発に携わることで、新たな化学反応が出てきている。セーフティーシューズがその典型だ。ウォーキング用に「BounceTECH(バウンステック)」という衝撃吸収ソールを開発したところ、「安全靴にも使える」となり、疲れない安全靴ができたという。

「最近はアウトドアやスポーツ製品のノウハウが作業服に生きるという良い循環が生まれ始めています。このような循環をもっと起こしていきたい」

落下物から足先を守りつつ疲れにくい「ハイバウンスセーフティ」2,900円

チャレンジできる秘密は「データ分析」

ユニークな切り口での新業態。オリジナリティ豊かな商品力。新たなプロを次々と巻き込むマーケティング。ワークマン躍進の背景をひも解くと、すべてに通底する言葉が浮かび上がる。「挑戦、チャレンジ」だ。

「弊社には、失敗しても怒られない風土があります。失敗したとしても、長い目で見れば会社の利益につながることが多いからです。逆にチャレンジしないほうが、『なぜ試さないの?』と指摘されます」

もっとも、トップからどんどんチャレンジしなさいと言われるだけでは、現実には踏み出しにくい。失敗をしかりつける上司が一人でもいれば、消極的になってしまうだろう。そこでワークマンでは、挑戦心を後押しする仕組みを整えた。“全員データ経営”だ。Excelを使った分析手法を全社員が研修で学ぶ。

「部下がチャレンジを恐れるのは、上司が“長年のカンや経験”のようなあいまいな根拠でしかるから。データを元に議論するようにすれば、それが無くなります。大体データを基に見ていくと、どんな挑戦でも、完全に失敗ということはなく、何らかの成果が見つかるものです。だからどんなチャレンジでも意味が出てきて、次につなげられます」

チャレンジに意味付けができれば、失敗をおびえることもなくなるわけだ。絶好調といえるワークマンだが、「だからこそチャレンジしなければならない」と小濱社長は言う。客層を拡大するために、新たな商品開発に余念がない。

「最近発売を始めたのは、“ペットの毛がつかない服”。ペットを家の中に入れるとき、抱っこしても毛がつきにくい服があったらいいんじゃないかと考えたのです。この服をリリースしたら、今度は美容師さんから『私たちも服に毛がすごく付くので、美容師用のシャツなんてできませんか?』と声が上がってきまして。ワークマンで980円のかっこいい美容師シャツができたらいいね、と皆で話しています。

好調なときでなければ実験できないことはたくさんありますからね。不安もありますから、今のうちにいろいろやっておかないと」

などと言いながら、小濱社長はなんだか楽しそうだ。果敢にチャレンジする社員たちがワークマンの新たな扉を開くことを信じているのだろう。次は何を生み出してくれるのか、ワークマンの挑戦から目が離せない。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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