SUPER SELECTION
阿部拓歩【写真家】
写真/阿部拓歩 文/宮本育 | 2020.01.31
阿部拓歩【写真家】
阿部フォトグラフィ株式会社 代表取締役を務める。
徳島県生まれ。大学卒業後、専門学校で写真を学び、25歳のときに家業・阿部写真舘の4代目となる。写真館の経営に携わる一方、自らの名前の由来である「拓歩=自分の道を開拓して歩く」ことに目覚め、「挑戦者を撮るポートレート写真家」としての活動もスタート。実業家、政治家、アスリート、文化人など2000人以上を撮影してきた。2016年に、東京・表参道にて初の写真展を開いたほか、同年、大阪にて“伝統とは変革の歴史”をスローガンに今までにない写真展「find your LOVE」を開催。真っ暗な部屋の中に展示された写真をランプで照らしながら見るという、ユニークな企画が話題となった。
GMOインターネット株式会社
代表取締役会長兼社長・グループ代表
熊谷正寿
東証一部上場のGMOインターネットを中心とするGMOインターネットグループを率いる。GMOインターネットグループは、「すべての人にインターネット」を合言葉に、インターネットインフラ事業、インターネット広告・メディア事業、インターネット金融事業、仮想通貨事業を展開。上場9社を含む112社、グループパートナー(従業員)数は6,000名超える(2019年9月末日時点)。2015年10月、雑誌の撮影を機に、阿部氏に撮影を依頼している。
彼の写真からは被写体に対するリスペクトの姿勢がうかがえます。 それは、彼自身がとても成長意欲を持った人柄であるからだと思っています。 加えて、彼はカメラマンとしての技術はもちろん今の時代に必要な素養を持ち合わせています。
インターネットの普及によるSNS全盛期の現代において、どんな素晴らしい写真でも1秒でも早く、極論その場ですぐに投稿できなければ意味がない。素晴らしい撮影テクニックに加え、SNSに映える写真を選び加工し、すぐに提供してくれるそのスピードが素晴らしい。 どんなに忙しくても翌日、あるいはその場で届けてくれるのです。
私の経験上、今の時代に合ったカメラマンは阿部さんの他にいません。 プライベートも会社でも、私は一生涯、阿部さんに撮影をお願いするつもりです。
人をリスペクトし、その人物を映し出す阿部さんには、ぜひ多くの経営者を撮影していただきたいと思っています。
挑戦する経営者たちを撮りつづけている写真家がいる。阿部拓歩氏。
徳島県で創業84年の歴史をもつ阿部写真舘の4代目であり、大阪や京都など全国5拠点でお店を経営しながら東京を拠点に活動する写真家だ。
阿部さんが経営者たちを撮り始めたきっかけは、2013年8月29日、知人カメラマンの代打で訪れた、パッションリーダーズ OSAKA Branchのイベントでのことだった。ここで運命的な出会いが待ち構えていたのである。
「当時、僕は、写真家として生きるか、写真館の経営者として生きるか決めかねていました。徳島を離れ、日本を代表する写真家になりたいという意志があった一方、代々続く写真館の4代目経営者として家業を守らなければならないという思いがあったからです。
当時は大阪に進出してすぐだったので、会社がもう少し大きくなったら好きな事をしようと考えていました。
しかし、イベントでネクシィーズグループ代表の近藤太香巳氏と出会い、迷いがすべて吹き飛びました。この人に近づきたい、認められたい。そのために、僕に残されているカードは、写真家として生きる道しかないと。そう思い、挑戦する経営者たちを撮りはじめたのです」
以来、のべ2000人以上の実業家、政治家、アスリート、文化人などを撮影。ファインダーを通して、彼らを見つめ、その素顔を撮りつづけている。
若年性パーキンソン病と闘いながら、外食産業で東証一部上場を成し遂げた、株式会社DDホールディングス代表取締役社長・松村厚久氏の生きざまに迫ったドキュメンタリー映画『熱狂宣言』(監督/奥山和由・原作/小松成美)。内容もさることながら、タイアップ企業に史上最多の168社が名乗りを挙げたことでも話題となったこの映画のメインビジュアルに、阿部氏の作品が起用された。
近藤太香巳代表(株式会社ネクシィーズグループ代表、パッションリーダーズ代表理事)の肩につかまり歩を進める松村社長の姿と、「止まったら死ぬぞ!」のコピーが、壮絶な半生をつづった、映画の内容を一瞬でイメージさせる。
しかし、このシーンを撮影した阿部氏は、鬼気迫ったポスターのイメージとは、少し違った思いでシャッターを切っていた。
「松村社長と近藤代表は二人共に親友と語る仲。近藤代表の傍にいつも松村社長がいるという印象でした。この写真を撮ったのは、2015年11月6日で、パッションリーダーズのイベントがあった日。近藤代表の講演に松村社長が飛び入り参加されたんです。
しかし、松村社長の体調がとても悪くて、イベント終了後、近藤代表が松村社長に肩を貸して、クルマがある裏口まで付き添っていらっしゃいました。業界を牽引するトップ同士が、何の気負いもなく手を差し出し、その手に身を委ねている。思わずシャッターを切っていました」
人の目に触れることのないバックヤードで繰り広げられている、2人のトップのいつもの日常。そして、この映画も、松村社長の日常に追った観察映画だ。
ハンディキャップを背負った人間が頑張って生きる姿に感動してもらおうという、いわゆるお涙頂戴ものではないし、カリスマ社長を立派に見せたかったわけでもない。その共通点が、写真と映画を結びつけたのだろう。
挑戦者たちを撮りはじめたきっかけは、近藤代表との出会いだった。この当時のことを、阿部氏は振り返る。
「初めてお会いして、一番ぐっと来たのは、講演で『代表の自分が一番頑張らないといけない』とおっしゃったことでした。高校中退から東証一部上場企業の代表にまで駆け上がり、各業界の錚々たる面々から注目されている方が、今なお、“頑張らないといけない”と言うんです。その姿勢に感銘を受けました」
この出会いが阿部氏を写真家の道へ進ませるきっかけになり、以降、イベント、雑誌の対談など、さまざまな場面で近藤代表を撮影する機会が増えた。
幾度となく、ファインダー越しに近藤代表を見つめ、なぜこの人物に惹かれるのか、もう一つの理由がわかったという。それは、穏やかな表情のほんの一瞬に垣間見える、別の顔だった。
「考え事をしているとき、獲物を狙っているような野獣の目になるんです。油断をすると食い殺されるんじゃないかと思うくらいの迫力。挑戦する人たちに共通する、この目をしたときの表情、このひりついた感じがたまらなくカッコいいんです。近藤代表は、そういう目をした豪傑たちに迫りたいと思った原点でした」
あらゆる現場で撮影をしていると、経営者たちから教わることが多いと、阿部氏は言う。
なかでも、2015年10月、雑誌「ビジネスチャンス」の撮影で出会った、GMOインターネット株式会社 熊谷正寿代表が印象的だった。
「熊谷代表にとって取材は日常茶飯事で、僕は雑誌社が連れてきたカメラマンに過ぎません。もう二度と会うことはないであろう僕に対して、“カメラマンさん”ではなく、“阿部さん”と名前で呼んでいただいたのです。たった一度、名刺を交わしただけで。それは僕だけでなく、その場にいた編集者、ライターなどすべての人に対してもそうでした。心を鷲づかみされましたね。そういったシンプルなことに人は感動するわけで、それを圧倒的に積み重ねられるのがトップなのだと教えられました」
「故・星野仙一氏にお会いしたのは、2016年1月22日、スポーツで頑張る若者を応援するホシノドリームズプロジェクトの活動報告会『HDP AWARD 2016』でした」
ホシノドリームズプロジェクトとは、若者に夢を持ってもらいたいという、星野氏の熱い思いから設立されたプロジェクトで、スポーツ選手のサポート、スポーツ用品の寄付などを行なっている。2018年に星野氏が急逝された後も、その活動は続いている。
星野氏といえば、中日、阪神、楽天で指揮官を務め、全球団でリーグ優勝を果たした名監督だ。“燃える男”、“闘将”の異名を持つ熱血漢で、勝負への覚悟は半端なく、選手たちから恐れられていたほどだった。
しかし、ホシノドリームズプロジェクトでの星野氏は、監督時代を微塵にも感じさせない、柔和な人柄だった。
「その姿が星野氏の本当の姿でした。監督時代も、グラウンドから離れると、気配り、義理人情の方だったそうですから。勝つために、監督という役割を生きていたのだと、このとき改めて感じました」
星野氏は多くの名言を残している。なかでも阿部さんがもっとも好きなのは
──勇気を奮い立たせて、毎日闘っていく。弱みは絶対、見せちゃいかん。選手はいつも背中を見てますから。丸まった背中になったらダメなんだ(『一流コーチのコトバ』より)
「最後まで丸まった背中を見せずに闘い続けた星野氏のような人間になりたい。そう心から思いました」
「想像以上の一枚を撮って驚かせたい。とにかく唸らせたいんです。だから自分が撮った作品は直ぐに見て欲しい。一人でも多くの人に見て欲しい。だから名刺交換した人には写真を送るようにしています。それがきっかけで、ご縁が生まれることがあるのですが、そのお一人が株式会社幻冬舎 代表取締役社長・見城徹氏でした。
『憂鬱でなければ、仕事じゃない』に書かれていた、“ふもとの太った豚になるな、頂上で凍え死ぬ豹になれ”という言葉のとおり、どの経営者よりも、孤独で、無謀で、もっともひりつく日々を過ごしている方と感じました。そして、見城氏に出会って、より一層、豪傑たちを撮りたい、そしてその人たちと同じ空気をもっと吸いたいと思うようになりました。
二度目に見城さんにお会いした時に『君は本当に写真を送ってくれた人だね』といって頂いた時に気づいたのは、写真を送ると言っておきながら送る人は意外と少ないということです。『たった一人の熱狂』を読み見返したときに『小さなことこそ真心込めろ』そう書いてあったのを見つけた時にはとても報われた気がしました」
そんな小さな信頼の種が大きく育ち、今では、さまざまな場面で声がかかるようになったと言う。
「うまい写真家だね──そんな風に言ってもらいたいと思ったことはありません。仕事=人の役に立つ事と考えた時に、写真は道具に過ぎないのです。僕の仕事は挑戦者の素顔を伝えて、自分もあんな風になりたい!そう思って挑戦する人を増やすこと。
写真館は街から消えつつあります。なぜ僕は田舎の写真館の4代目というレールの上で拓歩という名前を授かったのか。それは写真家の新しい道を切り開くためだと認識しています。誰でもボタンを押せばキレイな写真が撮れる世の中になった今、写真家に求められているのは写真の先に何を見ているか。写真を通じて何を伝えるかです。
戦後の焼け跡から奇跡の復興を果たし、経済大国になった日本。お腹が空いて死ぬことはないし、そんなに働かなくても生きていける。だから現状に甘んじる人が増えています。僕がこの時代の日本に生まれ、与えられた使命が挑戦者の素顔を伝えることなのです。」
近藤代表と出会い、この人に近づきたいと、その背中を追ったら、同じ目をした豪傑たちに囲まれた。恐れおののきながらも、カメラを通して近寄ったり、逃げたり、踏み込めずにもがいたりしながら、孤独とリスクの中で闘う彼らの素顔を伝えることが、彼の生きる糧となった。
それが、阿部拓歩の道。その道は、まだまだ続く。
阿部フォトグラフィ株式会社
代官山アトリエ
150-0033
東京都渋谷区猿楽町9−8
アーバンパーク代官山1-208
公式ホームページ
vol.56
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代表取締役社長
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