スーパーCEO列伝

[パッションリーダーズ 特別対談 第3回] 見城 徹×近藤 太香巳

「身を危うくするほど、頼まれ事は全力でやれ」。手腕だけじゃない。見城氏が愛される理由

株式会社幻冬舎 代表取締役社長 見城 徹/株式会社ネクシィーズグループ 代表取締役社長 兼 グループ代表 近藤 太香巳

文/宮本育 写真/阿部拓歩 | 2019.12.03

2019年10月29日、「パッションリーダーズ定例セミナー」で開催された、株式会社幻冬舎 代表取締役社長 見城徹氏と、ネクシィーズグループ 近藤太香巳代表との特別対談。最終回となる今回は、相手に有無を言わせない「圧倒的努力」で勝ち続けている見城氏の、もう一つの横顔に迫る。幻冬舎社員への思い、近藤代表との絆、そして、この人と決めた相手には、その身を削ってでも全力で報いようとする熱い“人間性”を直に感じ、会場を埋め尽くした聴衆は感極まった様子となった。

株式会社幻冬舎 代表取締役社長 見城 徹/株式会社ネクシィーズグループ 代表取締役社長 兼 グループ代表 近藤 太香巳  

株式会社幻冬舎 代表取締役社長 見城 徹:1950年12月29日生まれ。1975年に角川書店に入社。「野性時代」副編集長を経て、「月刊カドカワ」編集長に就任し、部数を30倍に伸ばす。400万部を超えた森村誠一の『人間の証明』や、5本の直木賞作品をはじめ、数々のヒット作を手がける。1993年に角川書店を退社後、幻冬舎を設立。『大河の一滴』(五木寛之)、『弟』(石原慎太郎)、『ふたり』(唐沢寿明)、『ダディ』(郷ひろみ)、『永遠の仔』(天童荒太)、『13歳のハローワーク』(村上龍)、『陰日向に咲く』(劇団ひとり)、『心を整える。』(長谷部誠)、『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子)など、26年間で25冊ものミリオンセラーを世に送り出した。著書に『編集者という病』『異端者の快楽』『たった一人の熱狂』『読書という荒野』のほか、サイバーエージェント・藤田晋との共著『憂鬱でなければ、仕事じゃない』、林真理子との共著『過剰な二人』などがある。株式会社ブランジスタ取締役、エイベックス株式会社取締役(非常勤)、株式会社テレビ朝日の放送番組審議会委員長も務める。
株式会社ネクシィーズグループ 代表取締役社長 兼 グループ代表 近藤 太香巳:1967年11月1日生まれ。19歳の時、50万円を元手に会社を創業。34歳でナスダック・ジャパン(現ジャスダック)へ株式上場し、37歳で2004年当時最年少創業社長として東証一部に上場。時代が必要とするサービスをいち早く手がけ、携帯電話、インターネットを日本中に普及。現在は、エネルギー環境事業、電子メディア事業、経営者団体「パッションリーダーズ」のいずれも日本一の規模にまで拡大。世界的経済紙 「Forbes(フォーブス)」によるForbes Asia's 200 Best Under A Billion 2018に選定。常に新しい事業領域にチャンレンジを続け、ビジネスパーソンから若者まで情熱あるリーダーとして圧倒的な支持を得ている。JAPAN VENTURE AWARD 2006 最高位 経済産業大臣賞。『シーバスリーガル ゴールドシグネチャー・アワード 2019 Presented by GOETHE』 ビジネスイノベーション部門受賞。

26年間で25冊のミリオンセラー

近藤 なぜ、幻冬舎設立から26年間で25冊のミリオンセラーを出せたのか、今までの話を聞いて納得できるのですが、とはいえ、他ではあり得ない話ですよね。

見城 大手出版社でも、ミリオンセラーは10年に一冊だからね。これは自分でもすごいと思う。だけど、もう一度やれと言われても、もうできないな。

近藤 そうですか?

見城 そりゃできないよ。プロモーションや広告など、あらゆることを考え抜いて、全部やるんだから。今でも俺が一人で、全知全力を挙げてやっている。だけど、来年の12月で70歳になるし、そろそろ体力的にもきつい。

近藤 もし、見城徹がいなくなったら、幻冬舎はどうなるんですか?

見城 それについては、備える決心をした。俺がいなくなった後も、ちゃんと出来るように、一大決心をして、既に準備は終わった。

近藤 なるほど。だけど、そのタイミングは難しいですよね。

見城 たぶん、75歳くらいまでは続けると思うけど。そのときが来たら、みんながあっと驚くウルトラCになっているから(笑)。

近藤 考えたわけですね。

見城 うん。俺がいなくなって幻冬舎が潰れてしまってはどうしようもない。というか、幻冬舎の社員たちの人生が幸福にならないと。幻冬舎で働いていて良かったと思ってもらえるような会社にしたいと、いつも考えているよ。

鮮やかに成功しなければダメだ!

見城 鮮やかに成功するには、他人が「無理だ」「不可能だ」「無謀だ」と言っているものを選んでやればいい。

近藤 「嫌なことからやる」といつも言っていますものね。

見城 そう。A、B、C、D、Eという道があって、Aから順番に難しくなっていくとするなら、Aからやってもしょうがない。Eを選んで、圧倒的努力でやり抜くしかない。幻冬舎は、それをやってきた26年間だった。俺個人でいうなら、角川時代からやっていたけどね。

例えば、当時、大ベストセラーになっていた矢沢永吉の『成りあがり』だけど、小学館から出版されていた単行本を角川文庫から出したいと思って、矢沢永吉さんが所属していた事務所へ毎日通った。事務所の社長に「また来たの?」って言われるくらい。

その一方で、矢沢さんには手紙を書き続けたよ。当時は小学館文庫がまだなかったから、小学館の単行本は子会社である集英社で文庫になるのが鉄則だった。それをひっくり返さなければならないからね。そして、角川文庫に落とした。文庫は150万部くらい売れている。

近藤 尾崎豊さんも、見城徹が売り出したんですよね?

見城 尾崎が著者本に関しては、俺しか作っていないからね。角川書店の社員でありながら、尾崎の個人事務所の設立を僕がやり、人と金を集めて、不動産屋を廻って事務所も借りて、尾崎の復活に賭けた。それもあって、当時俺が編集長を務めていた「月刊カドカワ」に尾崎豊を独占できて、発行部数を伸ばすことができたんだよ。尾崎の本についても、全部で6冊ほど出したけど、すべてベストセラーとなった。でも、それは当然の結果だと思っている。なぜなら、それだけの圧倒的努力を尾崎に捧げたからね。

ユーミンのたった1冊の書き下ろしエッセイ『ルージュの伝言』も僕の仕事だよ。真っ暗闇で100メートル先の針の穴に糸を通すほど大変だった。ミリオンセラーになった。俺は今、坂本龍一事務所の社長も務めていて、もちろん、坂本龍一にも圧倒的努力をしている。

近藤 角川時代、坂本さんと朝まで飲んでいたんですよね?

見城 角川書店で編集長をやっていたときは、夜10時に会って、朝まで飲んでいたね。あの当時、俺、いつ寝ていたんだろうって思う。

近藤 でも、会社には行かないといけない。

見城 そうだよ。角川時代はサラリーマンだから。ひっきりなしに、作家たちから電話がかかってきたし、よく会っていた。

近藤 それだと、なかなか恋ができなかったのではないですか?

見城 恋もしていたよ。忙しいときほど恋ができるんじゃないかな。よくわからないけど。

近藤 (笑)

見城 とにかく、鮮やかに成功しなければいけない。「鮮やか」は、みんなが「無理だ」「不可能だ」「無謀だ」ということを遣り果せること。

近藤 これは絶対、覚えておいたほうがいいですね。

見城 自分のブランドを作らないとダメなんだよ。金は、自分や会社がブランドになったときについてくる。ビジネスは全部そう。だから、どうやってブランド化していくか考えないと。会社も、事業も、そして自分も。

見城氏と近藤代表、ふたりの契り

近藤 「同年、同月、同日に生まれることは出来なかったが、親友として同年、同月、同日に死のう」。僕の誕生日ムービーで、ケン兄がこの言葉をくれました。すごく嬉しかったです。

見城 これは『三国志演義』に書かれているもの。劉備、関羽、張飛が、桃畑で「桃園の誓い」をする。そこで言った言葉がこれ。「友として契りを交わし、同じくして難し事に挑まん。同年、同月、同日に生まれる事を能わずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」と。それは友情の最たる契り。この3人は、そのように生きたわけだ。

近藤 で、僕に「一緒に死のう」と言ってくれましたよね(笑)

見城 年齢的には、俺のほうが先だからね。ということは、俺が死ぬときに近藤も死ぬということだよ。

近藤 (笑)

見城 冗談はさておき。この言葉は誰かれ構わず言うわけではない。近藤には、この言葉を引用してもいいなと思ったから言った。

近藤 ありがとうございます。最高のプレゼントです。

見城徹に出会えた奇跡は、人生最大の出来事

見城 近藤と俺とは、そういう関係。俺は、お前がいなくなったら、もう生きるのをやめようかなと考えると思う。

近藤 ありがとうございます。嬉しいな。こんなこと言ってくれたのは、初めてです。
僕は8年間、パッションリーダーズをやってきて、今日のこの日を本当に待ち焦がれていました。ケン兄と対談できたことは、僕の宝物だし、本当に嬉しく思っています。
見城徹に出会えた奇跡は、僕の人生にとって最大のことでした。これからもずっと大切にしますから、心と心をぶつけ合いながら、ともに人生をいきていきたいです。
心から尊敬しています。ありがとうございました。

最後に──見城氏からメッセージ

株式会社DDホールディングス代表取締役社長 松村厚久氏が最後にサプライズで登場。

見城 自分の身を危うくするほど、人に頼まれたことはやりなさいと、常々、みんなに言っていますし、自分もそうしています。もちろんそれは、その価値があると思った人に対してだけですが。そういうふうにして、人と付き合っています。

しっかり徳を積もうと、人のために動き、だけど、そんなに徳のある男でもないので、時々、やりきれなくなって、一人、ベッドで泣いていることもあります。

そういった積み重ねを経て、少し口幅ったいですが、皆さんに慕っていただけているのかなと思っています。

常に胸に刻んでいる言葉があります。

自分で汗をかきなさい。
手柄は人に渡しなさい。
そして、それを忘れなさい。

最初の二行は竹下元総理、最後の一行を加えたのは日本テレビの氏家元会長です。
本当にありがとうございました。

[第1回] 見城社長と近藤代表のデュエットで幕開けした特別対談 「やるなら極端にやり、鮮やかに結果を残す」

[第2回] 「他人ができないことしかやらない」と決めて “圧倒的努力”で作家を口説き付き合ってきた

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vol.41

M&Aを積極活用し10年で急成長 日本にベンチャー革命を!

株式会社Orchestra Holdings

代表取締役

佐藤亨樹

M&Aを積極活用した戦略で急成長を遂げているオーケストラホールディングスは、一つの事業にとどまらず、徹底した市場調査の上で成長分野を見極め、様々な事業への進出を図っている。同社がこうした経営姿勢をとっているのは、「創造の連鎖」という壮大なビジョンを実現するため。「創造の連鎖」とは何か。なぜ、どのように目指しているのか。
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