人材力

事業の成功は‟信頼‟にあり アド宣通が考える「人×人」のシナジー

株式会社アド宣通

代表取締役

炭田恵崇

写真/芹澤 裕介 文/桑原恵美子 | 2019.09.10

栃木県宇都宮市を拠点に、チェーン店専門のメンテナンス工事業などを全国的に展開している株式会社アド宣通。バブル崩壊後に訪れた倒産の危機を乗り越え、見事に会社を再建した2代目・炭田恵崇代表に、話を聞いた。

株式会社アド宣通 代表取締役 炭田恵崇(すみたよしたか)

東京の製図専門学校を卒業後、鉄筋工として現場で経験を積んだ後、飲食業に転身。傾きかけていたレストランバーを再建した後、倒産の危機に瀕していた株式会社アド宣通に入社。父親と2人きりで再スタートを切り、業績をV字回復させた。2010年に同社代表取締役社長に就任。1974年生まれ、栃木県宇都宮市出身。

「顧客第一主義」からの方針転換

株式会社アド宣通は1978年に、現会長である炭田匡利氏が小規模な看板業からスタートした会社。バブル期に激増したホームセンターや家電量販店の出店支援を手掛けたことで、事業を急速に拡大したが、バブル崩壊後、売上は一気に激減。莫大な負債を抱えた匡利会長は、会社を手放す決意をする。

匡利会長からその覚悟を聞いた時、炭田代表は23歳。レストランバーの店長として月収100万円以上を得て充実した生活を送っていた。

「父の事業に全く興味が無く、事業内容もよく知らなかったのですが、会社を手放す話を聞き、すぐに会社に入って父を支える決意をしました。とはいえ、入社してみると社員は全員去っていて、父と私の2人だけ。売上は最盛期の1/10に落ち込んでいたうえ莫大な借金もあり、予想以上の惨状に愕然としました……」

発注は激減しても、会社には強力なリソースが残っていた。それは炭田会長が創業時代につくった、全国100社ほどの協力会社のネットワーク「宣和会」。

そのリソースを生かせる新たな事業として炭田代表が着目したのは、当時、勢力を拡大していたフランチャイズ事業だった。炭田代表は持ち前のバイタリティと行動力で、大手運営会社の東京本社に営業をかけ、店舗の開業支援の仕事を取り付けることに成功する。

その結果、受注は増えたが顧客の要求は厳しく、売上は思うように伸びない。現場でのトラブルもあり入るはずの入金が無く、協力会社に迷惑をかけることも度々だった。

だが父のモットー「お客様第一主義」を盲目的に信じていた炭田代表の眼中にあったのは、顧客である依頼主だけ。「下請けはごまんといるんだ」と協力会社のことは気にもかけなかったという。しかし炭田代表は、そんな日々に次第に疲れと虚しさを感じ始める。

「開業支援した店が短期間で次々に閉店していき、夢見ていた“お客様との一生涯のつきあい”ができないことから、運営方針に根本的な疑問を抱くようになりました。そしてある時、気がついたんです。ひとつの仕事を終えても、達成感もなければ幸福感もない。いつのまにか地元に友達もいなくなった。自分は何をやっているんだ?と」

そんな炭田代表の経営手法に危うさを感じていた地元の先輩経営者から、ある会食の席で厳しいアドバイスを受けたことが、炭田代表の転機となる。その経営者の「効率を追わず、誠実に売る」経営哲学に感銘を受けた炭田代表は、営業方針を大きく転換。「納期や予算などで協力会社が嫌がる条件の仕事は受注しない」ことを徹底させた。売上は一時、8割減まで落ち込んだが、仲間との絆が深まり、ひとつひとつの仕事に達成感が生まれるようになった。

「顧客はもちろん大事ですが、もっと大事なのは、一番身近な社員と、協力会社の仲間。みんなで力を合わせないと、顧客のニーズを超える能力は発揮できないことに気づいたのです」

株式会社アド通宣の経営理念は『人が輝きまちを創り 夢に輝き明日を創る』。事業目的として『光り輝く未来づくりと商業文化の活性化』を掲げている。

関わるすべての人の役に立ち、ともに幸せになりたい

そうした経験を踏まえ炭田代表は、効率優先だった顧客との付き合い方も見直す。非効率的であっても長い付き合いができるビジネスモデルを模索し、大手がやりたがらないチェーン店舗の細かなメンテナンス事業に着目したことが成功につながる。

細かな作業を、確実に誠実に丁寧にこなして、最初の店で信頼関係が築ければ、次のお店からも依頼があり、前の店での経験があるので仕事も効率化できる。良い循環が生まれ、現在では年間1,000件以上の受注が途切れないようになった。

次の転機となったのは、2007年。

「2003年を最後に途絶えていた『うつのみや花火大会』の復活プロジェクトを発足しました。線香花火しか知らない宇都宮の子供たちに、打ち上げ花火を見せてあげたいと思ったのです」

最終的に200人以上の賛同者と、5000万円相当の寄付を集めて、見事に成功させた。この花火大会の実現に奔走したために売り上げはまた低下したが、この時に培った経験が、その後の事業の拡大につながったという。

「花火大会の経験を通じて、『仲間とは、自分が動いてつくるもの』『大義があれば、人は動いてくれる』ということを学びました。今後は社会貢献を通じて、協力してくださった会社に恩返しをしていきたい。そのひとつとして、丸紅新電力の代理業を新規事業として展開しています。

電気を軸としてさまざまな事業とつながり、役立ちたい。最終的にアド宣通と関わるすべての人の役に立ち、ともに幸せになりたいというのが私の願いです」

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vol.39

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