スーパーCEO列伝

本質を極めよ!!

株式会社吉野家

代表取締役社長

安部修仁

写真/宮下 潤 文/薮下佳代 マンガ/シンフィールド | 2014.02.10

アルバイトのバンドマンから、一部上場企業の社長へ。現代の夢のようなサクセス・ストーリーに聞こえるが安部社長の道程はしかし決して順風満帆ではなかった。

倒産。そしてBSE 問題という「吉野家二度の危機」。それすらも本質を見極めることができた、ステップアップにつながった、と言い切る常に学ぶ姿勢。

世の中の大多数の意見に従うよりお客さまが求めていることを見極め責任を引き受け勇気がある決断をするのが、信条。吉野家を「かけがえのない存在にする」経営をするうち自らも圧倒的な存在感で輝き続けている。その姿と勇気にエネルギーをもらう人は少なくないはずだ。

株式会社吉野家 代表取締役社長 安部修仁(あべ しゅうじ)

福岡の高校卒業後、プロR&Bミュージシャンを目指して上京。バンド活動をしながら時給が高かった吉野家でアルバイトとして働く。当時の吉野家はアルバイトやパートから優秀な人材を積極的に採用しており、安部もエデュケーター(人事担当)にスカウトされる。音楽の道を諦め株式会社吉野家に正社員として入社。1977年から九州本部長。1980年には倒産を経験。倒産後、再建のために尽力し、1983年に取締役として経営参加。1988年に常務取締役就任を経て、1992年に42歳の若さで代表取締役に就任。現場経験の豊富なアルバイトからの叩き上げで社長となったことで注目された。2007年持株会社化により吉野家ホールディングス社長に。2010年より事業会社吉野家の社長兼任。2012年、吉野家社長を継続しながら、吉野家ホールディングスの代表取締役会長に就任。

安部修仁に学ぶ5つの流儀

何度も苦難を乗り越え、吉野屋というブランドを築き上げてきた安部社長。そのぶれない経営哲学を紹介する。

01あってもなくてもいいものはなくていい

これが吉野家の創業からの大事なポイントだと安倍社長は言う。「なくても気付きかれもしないようなものなら、なくなったっていい」と、いつも逆説的に語っていたのが創業者・松田氏で、安部社長はその松田氏に鍛えられ、徹底的に学んだ。だから逆境に陥っても牛丼単品で通し、吉野家独自の強い個性・オリジナリティを育て上げてきたのだ。

「吉野家を人に例えて言うと『余人をもって代え難し』という存在でありたい。しかしこれまでの数年、ウチは存在感を失っていたと思うんです。だからこの5年間というのは「プレゼンス(存在)の確立=ネオ・プレゼンス」を目指しています」

かけがえのない存在感を取り戻し、さらに先へ。安部社長の改革は続いていく。

02わかりやすい言葉で言い放つ

吉野家が新たな一手を打ち出すたびに、そのキャッチーな言葉が話題となる。

「勝つまでやる。だから勝つ」(牛丼販売停止に際し)
「アッタマに来た」(米国産牛肉輸入再停止に際し)

その理由をこう語る。

「経営方針の論理や政策の共有は文字ベースでできます。でも、その政策に社内のみんなが“共感”しないと、エネルギーは生まれない。そのためにわかりやすい言葉が必要なんです。論理の背景がないキーワードは生きない、ということでもあります。“共感”があって初めてみんな、自らが動きたいというふうになっていく」

局面局面でわかりやすく表現することを心がけてきたが、言葉をコピーライターなどとあらかじめ決めておく、ということは一切ない。

「こっちがいいと思っても反応が鈍いと伝わらないから、みんなとディスカッションしながらこの言葉が伝わりやすい、とキャッチする」

それは若かりし頃音楽をやっており、ライブで場の反応を読む、ということで培われた感性なのかもしれない。

03組織が駄目になる時は自分のせい

一度は倒産を経験した吉野家。これはその渦中を経験した安部社長が学んだ信念だ。

「どんな組織でも5%の負の力と、5%の正しく進もうという力がある。正しく進もうという力が働いてみんなのベクトルが一緒の方向を向いているときは、組織や経営が決定的にダメになることはない。組織が駄目になる時は自分のせい。破綻は自ら、内側から起こります」

景気が世間がというような外的要素は、あくまで言い訳に過ぎない、と安部社長。BSE 問題による米国産牛肉輸入停止という逆境にめげず、看板商品である牛丼販売中止という大胆な決断。危機をむしろ逆手にとり、吉野家のブランド力をさらに高めるきっかけとしたのだった。

「本質を極めているひとたちは分野が違っていても、是々非々でわかっている。大多数に意見を求めてやっていたほうが、失敗したって非難はこない。みんなと逆張りの意見を通すほうが、勇気がある」

04自分の頭の中の常識を変える

吉野家が倒産したとき、それまでの「拡大=経営」という思想概念を捨て、経営の目的は債務を早期にいかに返済するかということに大転換した。日本の歴史でいうとまさに“戦後”。

「たまたま僕は店舗を運営指導する立場だったから、みんなに『なぜここでやり続ける意義があるか』ということを説明しなくちゃいけない。倒産前までは規模拡大路線で、企業の成長が個人の成長と重なっていたんです。倒産後は今まで描いてきた未来がもうないわけだ。でも、動機っていうのは何かしら見つかるもんでね。自分も結果的に辞められなくなった(笑)」

「戦後の日本と同じく喪失感も大きかったけれど、無になるところから始まって自分の頭の中の常識を変えるということに取り組んだ。実はそのギャップがあったからこそ、個人個人、急速なステップアップにつながった」と安部社長。逆境をむしろ、学ぶ面白さと自分の成長につなげる。ここにも安部社長の強さがある。

吉野家のこれからを象徴「牛すき鍋御膳」

05“客数”をものさしにしないとひとりよがりになる

安部社長が一番重要視するのは、時価総額でもなく、売上でもない。

「ウチは客数主義。やっていることがお客さんに歓迎されているか、の証しはお客さんの数・絶対数。それをものさしにしないと、ひとりよがりになる。それに大きな影響を与えるのが“価格”なんです」

牛丼並の値段を値下げした理由は客数を増やすためであった、と語る。

「280円というのは一般論でいうと反対だから、みんな。そういうことってね、僕が、やるしかないんですよ。この判断は他の人だったら相当勇気がいる」

商品価値とサービス価値の向上。それにふさわしい店作り。そして新しい構造づくり。牛丼並の値下げに始まり新メニュー発売に続く吉野家の一手一手は、ビジネスモデルを新しいマーケットにアジャストするための計画の一部だ。

安部社長は言う、「2014年から2015年は疾走する」「2013年は、あとで振り返ってみると転換期だったな、ということになるでしょうね」と。

吉野家の改革 “ネオ・プレゼンス”とは?

国内の外食市場は1997年をピークに減少傾向が続いており、牛丼業界はすでに過当競争となっている。人口減少に伴う外食市場規模の縮小を見越し、安部は「価値創り・環境創り・構造創り」の3つの創造を積極的に進めていく新しいビジネスモデルを作り上げるプランに乗り出した。

それが2011年にスタートした中期5カ年経営計画“ネオプレゼンス”だ。テーマは「圧倒的ブランド価値の創造」。牛丼をはじめ全商品のバリューアップや新メニュー開発、ファミリー層や女性客にアピールする商品、店舗デザインなど、着々と成果を上げつつある。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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