小松成美が迫る頂上の彼方

第一部

オリンピックへの挑戦こそすべての礎。 この経験を伝えることが次の使命!

元水泳日本代表

松田丈志

写真/阿部拓歩 動画/ロックハーツ スタイリスト(松田丈志)/中西ナオ 衣装協力:ジャケット82,000円(ディーゼル/ディーゼル ジャパン)、パンツ30,000円(リプレイ/ファッションボックスジャパン)、その他スタイリスト私物 | 2017.02.10

結果がすべて左右するアスリート。彼らの挑戦には、経営者が直面する悩みや難題を解き明かすカギがあるかも知れない。彼らの人間性に迫り、そこに懸けた思いと壁を乗り越えた戦いの軌跡に、ノンフィクション作家の小松成美が迫る新企画。

第一回は、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロと4回のオリンピックを経験し、銀メダル1つ、銅メダル3つを獲得した類まれなるスイマー松田丈志氏が登場。ビニールハウスプールからオリンピックを目指し、挫折と挑戦を繰り返す日々。そして、スーパースター北島康介の存在。連綿と続く戦いのなかで、何を考え、何をつかみとったのか?

元水泳日本代表  松田丈志(まつだ たけし)

宮崎県延岡市出身。地元・東海(とうみ)スイミングクラブで4歳から水泳を始める。久世由美子コーチ指導のもと頭角を現し、2004年のアテネでオリンピック初出場を果たす。2008年の北京五輪では見事に200mバタフライで銅メダルを獲得。2012年3度目となるロンドン五輪に競泳チームのキャプテンとして出場し200mバタフライで銅メダルに輝く。また400mメドレーリレーでは、日本競泳史上初となる銀メダルを獲得し、レース終了後のインタビューで 「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」とコメントし、2012年新語・流行語大賞のトップテンに選出される。2016年にリオデジャネイロで開催されたオリンピックでは、男子800mフリーリレーで銅メダルを獲得し有終の美を飾る。同年現役を引退。

小松 昨年(2016年)は、リオデジャネイロオリンピックへの出場、帰国後の現役引退と、激動でしたね。時間が瞬く間に過ぎたと思います。今あらためて振り返っていかがですか?

松田 2012年のロンドン五輪後にリオ五輪までやると決めたとき、正直ハッピーエンドにはならないかもしれない、と思いました。それでも挑戦しようと決め、これまでにない苛酷な日々になると覚悟しました。実際、精神的にも肉体的にも限界を超える闘いを強いられましたが、結果的にはこれ以上無い“ハッピーエンド”でオリンピックの舞台を離れられました。

小松 800mリレー7分3秒50での銅メダル獲得ですね! 第1泳者の萩野公介選手、第2泳者の江原騎士選手、第3泳者の小堀勇氣選手、そしてアンカーの松田さん。このハッピーエンドは日本水泳界にとって金字塔です。ロンドン五輪の400mメドレーリレーの銀メダルとはまた違う衝撃と感動を与えてくれました。

松田 日本人男子が自由形でメダルを取るのは東京五輪以来52年ぶりでしたからね。ある意味、日本水泳界の歴史の扉を開いたレースになったのではないかと思っています。

「大げさですが『命を賭する』という言葉さえ浮かびました」(松田)

小松 4歳から水泳を始めた松田さんも32歳。オリンピックもアテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロと4度経験なさいましたね。4度のオリンピックは、それぞれ思いが違うものだったでしょうか。

松田 年齢も、経験も、抱く思いも、毎回異なっていて、それぞれにまったく違うドラマがありました。2004年のアテネ五輪に初出場できたときには、それだけで嬉しくて舞い上がっていました。

しかし、実際に何の結果も出せずに返ってくると、メディアからは名前も呼ばれず、結果も報じられぬまま地元の宮崎へ帰ることになります。メダリストだけが注目され、評価される現実に直面したのです。つまり、オリンピックで求められるものはメダルなのだ、と強く思い知った瞬間でした。

悔しくて、悔しくて、次は絶対にメダルを取るぞ、と挑戦したのが北京五輪でした。

小松 北京五輪では、200mバタフライでみごと銅メダル(1分52秒97)。「バタフライで日本人がメダルを取れたのか!」と日本中が歓喜しましたが、松田さんとしては、徹頭徹尾は金メダルを目指していたそうですね。

松田 オリンピックでの初めてのメダルですからもちろん嬉しかったですが、世界新(1分52秒03)で金メダルを獲得したマイケル・フェルプスには0,94秒離されました。上を目指さなきゃいけない、目指したいという思いは、より大きくなっていました。

「悩み苦しみながら、それでもオリンピックを目指したんですね」(小松)

小松成美(こまつなるみ)
ノンフィクション作家。神奈川県横浜市生まれ。1982年毎日広告社へ入社。1989年より執筆活動を開始。代表作に『熱狂宣言』『中田英寿 鼓動』(幻冬舎)『それってキセキ GReeeeNの物語』(角川書店)『イチロー・オン・イチロー ~Interview Special Edition~』(新潮社)『横綱白鵬 試練の山を越えて はるかな頂へ』(学研教育出版)『五郎丸日記』(実業之日本社)ほか多数

小松 ロンドン五輪では400mメドレーリレーで銀メダル(3分31秒26)を獲得しました。驚異的な日本新を叩き出したこのレースは、流行語大賞にもノミネートされた「(北島)康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」という松田さんの思いの結実でした。

松田 康介さんは、僕だけでなく全てのスイマーにとっての憧れであり、英雄です。康介さんとともにメダルを胸に下げ帰国したいという気持ちは、トビウオジャパン全員にありました。康介さんが牽引してくださったからこそ、強いメダルへの強い思いを持てたんです。むしろ感謝しかありませんでしたよ。

小松 200mバタフライで銅メダル(1分53秒21)を獲得。しかし、実際の生活では意識することも出来ない僅かな時間でメダルの色を違える、という経験をしました。

松田 金メダルだけを目指し、やれることはすべてやった。それで臨んだレースでした。金メダルとは0.25秒、銀メダルとは0.20秒の差でした。一瞬の差ですが、敗れたのは確かです。なんとかできなかったのかと本当に悔しくて、あのレースを消化するまではかなりの時間がかかりました。

小松 ロンドンから帰国してからも「本当に完全燃焼できたか?」と何ヶ月も問い続けたそうですね。

松田 はい。帰国すると日本中の方々が銅メダルと讃えてくださいましたが、僕自身は、金メダルに届かなかった自分を責め続けていました。

小松 そして、30代を迎えるロンドン五輪からリオ五輪は、スイマー松田丈志にとってひとつ大きな時代でしたね。

松田 その通りです。自分の中でもロンドン五輪までは「右肩上がり」の時代でした。20代では練習量が、そのままタイムに結びついていきましたから。けれど、ロンドン以降は思うようにいかなかった。がむしゃらなトレーニングが功を奏するばかりではなくなりました。

事実、身体的な衰えを感じる場面も増えていました。時間は巻き戻せないと分かっていましたが、、「どうすれば、今の自分で結果がだせるんだ?!」と随分悩みました。これは競技人生で初めての経験でした。

小松 悩み苦しみながら、それでもオリンピックを目指したんですね。

松田 むしろ、常に迷って進んできたと思っています。特にリオ五輪へのチャレンジを決める時は、大げさですが「命を賭する」という言葉さえ浮かびました。

その4年前のロンドン五輪では、自分にやれることはすべてやったと満を持してレースに臨みました。が、それでも金に届かなかった。その後、スイマーとしてピークを過ぎた実感を持った自分は、リオ五輪を目指すなら、その実感を完全に払拭しなければならないと思いました。ロンドン以上のトレーニングを重ね、ロンドン以上の結果を目指さなければならない、と。

小松 松田さん自身が、パフォーマンスもタイムもピークを過ぎたと実感していたのですから、五輪のメダルへの距離は広がっていたわけですね。

松田 そうなんです。求められる「結果」こそ、選ばれし者の使命です。メダルの可能性がないと自覚したら、挑戦する権利すら放棄したことになる。五輪出場の資格を手にするためには、限界の壁を越えるしかありませんでした。

小松 自己とのと壮絶な闘いがあった。

松田 ええ。年齢的にも精神的にも自分の体が未だかつて無いトレーニングと、重圧とに耐えうるのかと考え続けていました。リオ五輪に挑むのか否か、眠れない夜を何度も過ごしました。実際、2年くらい答えが出でなかったのです。

小松 そして、松田さんは一人、決断を下す。出場するための道を走り始めました。

松田 身震いするほどの恐れもありましたが、同時に自分らしい選択だという清爽な気持ちでもいられました。

[続く]第二回/声援、重圧、責任感。プレッシャーこそ成長への鍵

SUPER CEO Back Number img/backnumber/Vol_56_1649338847.jpg

vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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